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ライロ・カイリーとその辺。
- 2006/06/30(Fri) -
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More Adventurous - Rilo Kiley (スタジオライブ

去年出されていたLA出身の女性ボーカル擁する4人組の3作目。前2作はブライト・アイズやカーシヴが在籍するサドル・クリークというインディレーベルから作品が出ていて、今作品はメジャーのワーナー・ブロスに移籍しての作品。なんか聞けば、エルヴィス・コステロが彼らのことを気に入ってるとか?

つまるとこ、フォーク・カントリー色も時には強く前に出たりするオルタナティブなインディロックバンドなんですけど、この少々ベタとも思えるほどの、横ノリのアメリカンちっくな演出だったり、美しくも親しみやすいメロディの組み立て方の上手さがこのバンドの大きな魅力で、特に「Does he love you?」なんかは紛れもなく名曲の域。捨て曲も皆無。今さらこんなバンド見つけられるなんて、と思ってしまうくらい。

そして、さらにその魅力を倍増させているのが、バンドの紅一点であるジェニー・ルイスのボーカル。これははっきり言ってやられます。決してとても上手なボーカルというわけではないんですけど、全体的に優しい雰囲気を持ち、キュートでありながら、同時に声の節々から漂うような色気も、ちょっとした毒気もあり、女性として力強さも感じられるエモーショナルな歌い方をする人で、それが、バンドが演出する演奏の中で、良い具合に個性的に生きてるんですよね。良い感じで力が抜けて、即ち惚れますよ、ええ(笑)。

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Sun Sun Sun - The Elected (スタジオライブ

これは今年に出た、ライロ・カイリーのギタリストをフロントマンに置いた4人組バンドの2作目。出されてるレーベルはあのサブ・ポップから。

これは本家以上に、まさにオルタナカントリーといった感じ。アコースティックギターや鍵盤の優しい旋律やら、ラップスチールの美しい響きやら、レトロなコーラスハーモニーやらが印象的なアルバム。ここでも本家もあったような、横ノリの気持ち良さがたまらない。終始、柔らかい日の光を浴びてるように優しく、それでいて繊細な響きを持ち、時にはとてもエモーショナルで、ちょっとベタとも思える大仰でアメリカンな演出のエンターテイニングな曲並び、それを聴いていく中で気持ち的ににこやかになったり、時にはちょっとロマンチックにもセンチメンタルにもなってしまう感じもあり・・・って、そんなこと言われても、聴かないとなんかよくわかんないかもしれないけど(笑)、もうそれは一言で言えば、あまりに素敵ってこと。

最後に一段と重厚な曲でぐっと盛り上げて、一息ついたとこで、顔がほころんでしまうようなメロディを持ったウクレレ小曲が入って、アルバムがさくっと軽やかに聴き終えられる、そんな演出まできちんと考えていてくれるのが、たまらなく良いです。

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Rabbit Fur Coat - Jenny Lewis with The Watson Twins (スタジオライブ

これも今年出された、双子のワトソン姉妹のコーラス部隊を仲間にしてリリースしたジェニーの初のソロ作品。このリリース元は、ライロ・カイリーのレーベルメイトだったブライト・アイズが設立したインディーレーベル、チーム・ラブ(英国ではラフ・トレードから出てるそうです。)。

実は今年のフジロックのステージにも出演する彼女(しかも、直前でキャンセルになったクラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤーの穴も埋めたため、2日間出ることになった。)。さらには、そのうち、めでたく日本盤も出るそうで、彼女のキュートさがしっかり日本にも伝播するということで(笑)。

こちらもバンドよりフォークやカントリーの匂いがとても強く、全体的にアコースティックな表情で、ジェニーの歌声が前面に、そして、専任バックコーラスがいるということで、ゴスペルとかの要素も強く入ってたりします。女性の色がぐっと増したということで、より美しく、艶やかになったという感じ?

このアルバムはゲスト陣が何気に結構すごくてですね、本家からのメンバー、レーベル主のブライト・アイズから、SSWのマット・ウォードやデス・キャブ・フォー・キューティーのベン、売れっ子マルーン5のメンバーまで参加しているのだそうです。

これはもうバンドどうこうというよりは、「歌声」の方を聴いていただく感じで、3人のハーモニーを楽しむことが一番大きくて、ジェニーのボーカルスキルや声の表情の乗せ方も、前に出ていたバンドのアルバムよりもずっと向上してて、聴き心地もさらに良くなってる感じで。これはきっとまたバンドに戻った時に大きく還元されるのでしょう。

以前からある彼女のスタイルの魅力は当然引き継がれてて、相変わらず魅力的で、ここでは素晴らしいフォークシンガーだし、コーラスの双子ねーちゃんたちは絵に描いたような、全くムラのないボーカルハーモニーで、それでいて、こんなチルアウトできる雰囲気のアルバムなら、寝る前に聴いたら、もうほんと安心してすやすや寝られそうです(笑)。こういうアルバムは今まであんまり聴いたことはなかったけど、聴き始めたら、派手な興奮はないけど、結構オツなもんで、意外にどんどんハマってしまって、ほんとずっと聴いてたりするんですけどね。すごく良い雰囲気です。
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広がりは宇宙規模。
- 2006/06/23(Fri) -
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Stadium ArcadiumRed Hot Chili Peppers

前作から、べストアルバムを挟んで、4年ぶりにリリースしてきたカリフォルニアの大物4人組バンドの9作目にして、2枚組。

アルバムは「木星」サイドと「火星」サイドに共に14曲ずつ分けられ、両サイド合わせて28曲2時間という膨大なマテリアル。最初は10曲くらいで、短く簡潔な作品にしようと思ったらしいが、やっていくうちにそれでは収まらなくなり、果ては37曲だったか、38曲だったか、3枚組になってしまうほどの量にまで曲が完成してしまい、ついにはそれ、全部収録したいなーって感じで3枚組案が飛び出す中、それではファンは混乱、消化しきれないっていうことで、仕方なく2枚組にしたらしいが・・・恐ろしい(苦笑)。

前作「By The Way」は間違いなくギタリスト、ジョン・フルシアンテの拘りが良くも悪くも炸裂したアルバムだった。彼は過去に、急激に巨大化していくレッド・ホット・チリペッパーズに耐え切れなくなり、バンドを脱退し、ドラッグに溺れて落ちるとこまで落ち、そこに再びバンドのメンバーに救いの手を差し伸べられて、バンド再加入したという経緯があり、その後の彼は、直後に出た大ヒット作「Californication」をステップに、とてもクリエイティブなミュージシャンに大変身。超健康的な生活を送るようになり、ひたすらギターの腕を磨いて、何かに憑り付かれた様に音楽の研究に没頭し、それらを片っ端から身に着けていく貪欲な日々だという・・・・そんなストイックな修行僧のような人間へ。そして、それはバンドの中枢を担うものへと発展し、「Californication」の次の作品であった「By The Way」に大きく反映された。さらに、彼の勢いはそれのみでは止まらず、個人活動で1年の間に7作品も作り上げ、それらを次々にリリースするという、底なしのクリエイティヴィティを披露していた。

しかし、それはバンド内にアンバランスを生んでいたというのもまた事実だった。僕はこのジョンの活躍やバンドにもたらした影響力、それによって、彼の意思と趣味が大きく反映された「By The Way」という作品を非常に好意的に、むしろとても喜んでいた方なんだけど、バンドとっては、このジョンへの急激な傾きは少し戸惑う部分もあったようで、特に強烈な個性を放つベーシストのフリーは前作制作時にバンド内に自分の居場所があるように感じなくなり、脱退宣言間近までいった、というから、バンドのバランスというのは本当に難しい。つまるとこ、このバンドはワンマンバンドではない、ジョン1人の熱意だけでは、自分以外の他の三輪も全部駆動させることができない車(=バンド)であった、という裏返しでもあるわけだけど。

まぁ、とにかく、今回の作品は「もしこのアルバムが気に入らなかったら、このバンドも好きではない、というのと同じ。」と、バンドは完璧にそう言い切ってしまっているほどだから、よほどの自信作だ。・・・・でも、37曲は免れたものの、いきなり全力で28曲である(笑)。これをどう聴いていこうか、少々考えてしまったりもして(苦笑)。

実際、僕はアルバムを手に入れた時点で、「火星盤」はしばらくずっと聴かずに封印して、「木星盤」ばかり聴いていた。だから、現時点でも聴いてる回数も考慮すれば、「木星盤」の方が愛着っていうか、聴き馴染みが強いんだけど・・・(笑)。でも、「火星盤」を聴き始めたら、あんまり、別にそういうこともする意味も、必要もなかったかな?と。

何でかっていうと、思ったよりアルバムとしてまとまっていて、流れも何となくついていて、聴きやすかったんですよね、これ。これぐらいの分量を提供してくるアルバムって、大体中身もとっちらかってることが多くて、それで収集がつなくなってることがほとんど。こっちの頭の整理もつかず、消化不良のまま、印象もそれほど良くないまま、棚にしまわれてしまうっていう感じで(笑)。

ただ、これはアルバムがまとまってるからといって、このアルバムにバラエティがないわけでもなく、結構色んなことをやってて、でもありがちな、曲がお座なりになってる、わけでもなく・・・なんだかうまく出来てる。でも、2時間立て続けに聴いてる余裕はこちらにはないので(まぁ、大体の人はね。)、2枚に何となく意図的な分け方をされているのも良いとこだし、仮にそれすら聴ききれなくても、少しずつ聴いて、長い時間をかけて1曲ずつ愛せていけるような、ただの「曲集」的な感じもあるし(良い意味で変に突飛な曲がなく、総じて平均的な感じだからかもしれない。)・・・こんなアルバムもあるのだなぁ、とちょっと驚かされる。

「木星盤」は少しよりメロウな感じ、「火星盤」は少しよりアクティブな感じで楽曲が収められて入るものの、歌心のあるボーカルを中心にしつつ、バックの演奏により色付けされ、印象的に曲を盛り上げていく形は双方ともに、総じて同じ。後ろの3人は全員、音やプレイに想像力があり、力量も安定感もあるプレーヤーなので、聴いてる感じはまさに「横綱」な感じ。

今回もまた、ジョンの影響の色濃いアルバムだと思う。メロディ中心の曲の作り上げ方だったり、ボーカルにハーモニーが付いてたり、ギターがまるで昔の偉大なギタリストたちのように、自由に生き生きと弾かれているとこは、前作同様、まさにジョンテイスト全開だったりする。しかも、音楽幅はこれまでとは段違いで広がり、前作後から自分が学んできた総決算を、熱意と集中力を持って、今作品にも注入しようとする姿勢が窺える。そして、もっとさらにメンバー同士が通じ合い、お互いに切磋琢磨して、各曲の表情を表に出していってる感じがして、本当に心からバンド全体の意思で築き上げていった感じがする。昔の悩みなど何のその、彼らのバランスは今や最高潮で、音楽に対する貪欲さと貫禄の演奏でこちらが唸らされる、という感じ。

ボーカルのアンソニーとかどんどん腕を上げて、器用にもなってるし、ベースのフリーにしても、ドラムのチャドにしても、みんなすごいんだけど、特にやっぱ、ジョンなのかなぁ・・・。あの人のギタープレイとか、もう鍛錬と執念の塊というべきか、ここまでやれる人は今のバンドで果たしているのだろうか?と思うねぇ。僕が初めてレッチリの曲で好きになった「Parallel Universe」ですごく惹きつけられたんだけど、あのギタリストがここまで現在ギタリストとして、色々披露していくとはあの時は思いもしなかった。彼の音楽趣味、もしくはギタリストとしてのスタイルって、60年代とか70年代初期の影響も強いせいか、今となっては少し古風に聞こえて、昔のファンクベースで、上半身裸の、先鋭的なミクスチャーロックのイメージっていうのが、今では完璧に覆っちゃってて、ある人たちにはそれは少し地味な感じに映っちゃってたりはしてるとは思うんだけど、自分の思い込みだとは思うけど、あの曲から始まって、今のレッチリに続いていってる部分ってあるって、自分の中では思ってるんだけどね。

それにしても、ほんと、こんな23年ものキャリアのある、しかもすごく、っていうか超、超有名で、規格外の圧倒的な能力を持つバンドの新しいアルバムで、また大きくスキルアップだなんて、他でも例を見ないんじゃないかっていうくらい、驚異的。ただただ、尊敬に値する・・・もうそれだけ。
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今となっては集大成のような響き。
- 2006/06/18(Sun) -
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Just Like The Fambly Cat - Grandaddy

アメリカのカリフォルニア・モデスト出身の5人組による4作目、にして最後の作品。

2005年12月、彼らグランダディは13年もの活動に終止符を打つ決定を下した。理由は、バンド内の中で起きた不満と違和感によるもの、より現実的には、バンド運営にもたらす金銭面での問題が主な原因だった。つまり、自分たちの一途なやり方を貫くあまりの、いちロックバンドが直面した現実とその結末、というわけだった。

元はアマチュアのスケーターで、その後、膝に大怪我を負い、引退を余儀なくされ、結果的に音楽の道を志したジェイソン・リトルを中心にして、92年に結成されたバンド、それがグランダディだった。

彼らがこれまでどのくらいアルバムを売ってきたのかはよく把握はしてないんだけど、雑誌メディアやミュージシャン間では非常に評価の高いバンド、というイメージが個人的には強くあって、それも、彼らのアルバムを聴くと、「自分たちが確信を持って音楽作りをしているということ」、「そこから生まれた独特さと説得力」はそういう人たちをより印象的に、刺激を与えたという、そういう事実を容易に確認することができた。

その「刺激」とは、より音楽的な言葉としていえば、「職人芸的ローファイポップから生まれたもの」だったのだろうと思うけども、・・・20年以上も活動しているフレーミング・リップスが偉大なローファイポップアルバムを作り上げたという事実があったにしても・・・、グランダディから生まれた、その独特な儚さと美しい自家製サウンドは、間違いなく、音楽世界では唯一無二であり、それがこれまでに得てきた大きな評価の対象であったと思う。

今回の作品も、その線に全く揺るぎがなかった。物憂げなピアノフレーズとともに、「What happened to the family(fambly) cat?」と繰り返す少女の声によって、どことなく滑稽で、ファンタジーっぽい雰囲気もかもしながら、オープニングトラックは始まる。そのうち、その雰囲気を壊すかのように歪んだギターロックが突入。つんざくような電子音も歪んだギター音を割って入り、通過していき、その後は専売特許ともいえるドリーミーな雰囲気が辺りに広がっていく・・・あまりに完璧な、渾身のオープニング。

そして、そこから始まった、次々に表現されるビューティフルなサウンドスケープの数々。ある種の孤独感や寂しさを覚えつつも、「儚さ」「温かさ」「美しさ」が音のハーモニーで包み込んでいく形はまさに天下一品。ガラスのような透明感と壊れやすさがありながら、永遠に向かって広がっていく感じはこちらを心地よく癒すし、また、あの音楽にあるのんびりしたスピード感や囁くような仕草は何か自分の中の潜在的な何かに触れている感じで、どうも深い気持ちにさせられてしまう。一方で、「Skateboarding saves me twice」や「Elevate myself」のような、ポップの極みを得たソングライティングと職人芸ともいえる業の妙に、個人的には強く引き込まれます。

そして、アルバムは映画のサウンドトラックのようなクロージングで、極上の終焉を迎えるという・・・。もうこれ以上は披露するものはないよと言わんばかりの出し切った感、ある種の達成感に、それと一抹の寂しさが複雑に絡みあって、このアルバムは終わっていくのです。

これまで突き進んできた過程のなかで、その都度出してきた作品の中にあった要素を生かしながら、バンドが持っていた音楽に対するこだわり、やり方を含めて、この最後のアルバムでそれらを全てを大きく昇華させた・・・・もしこのバンドがまだずっと続いていくのならば、この集大成的な出来なこのアルバムも、また少し違った感想だったり、感覚だったりを持つのかもしれないけど、すでに解散の報を知らされている今となっては、「有終の美」を飾った作品になった、という感覚が色濃く残ります。

うーん・・・実に惜しい。惜しいよなぁ、この驚異的なバンドの存在がなくなるということは。
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「実験的」と「ポップ」を掛け合わせたスペースロック。
- 2006/06/13(Tue) -
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Ten Silver Drops - The Secret machinesスタジオライブ

テキサス州ダラス出身、後にニューヨークにバンドの活動拠点を移した3人組ロックバンドの2作目。メンバーのうち、フロントマンの2人は兄弟。

メンバーは、遡ること90年代の初めから、ずっと様々な「実験的なロックバンド」で活動をしていたそうで、最終的にこの3人組のバンドに至ったのは、2000年7月。その後、バンドは可能性を求めて、長年を活動していた地元を離れることを決め、シカゴを経由してニューヨークへ。ブルックリンにある、お湯も出ないような(苦笑)アパートの一室を借りて、そこを自分たちバンドのリハーサル室としても使いながら、そこで寝泊りしていたんだそう(・・・と、そういう風にオフィシャルには書いてあるんだけど、ここから察するに、なかなか苦労の下積み生活だったことが窺えるよう。)。

2002年にインディレーベルのエース・フーから、以前シカゴでレコーディングしていたミニアルバム「September000」をリリースし、その後、長い月日をかけたツアーを展開。徐々にその熱心なライブ活動が認められるようになったバンドは、ついにはワーナー系の老舗レーベルのリプリーズ・レコードとの契約を獲得。「September000」の方も2003年にUKでもリリースできることとなった。

2004年に彼らのデビュー作「Now Here Is Nowhere」をリリース。そして、彼らはそれを前後するように、そのアルバムをサポートする18ヶ月以上のツアーに出て、2004年のサマーソニックにも登場。翌年の6月には、2曲のオリジナル曲と4曲(ヴァン・モリソンやボブ・ディランなど)のカバー曲を収録したEP「The Road Leads Where It's Led」もリリースしている。

2005年に入ってからは、次作用の新曲の方も着々と作り続け、それは今回触れるセカンドアルバム「Ten Silver Drops」として、今年の春にリリースされている。

大体、5分から8分といった長尺曲の8曲、1枚45分で仕上げた作品。素晴らしい。大体この手の今のバンドは、CDというフォーマットの大きさに甘え、どうしても自分たちの表現を最大限までに披露することによって、アルバム自体も長尺になりがちなのだけど、彼らのこうした気遣い?なるべくしてなった?のかは知らないけど、そのコンパクトさや賢さが嬉しい。それをまず言っておきたい。曲が長いからって、アルバムもひたすら長くなるのは無意味だってことを。・・・ただでさえ、現代っ子は集中力がもたないんだから(それもあるね。/笑)。

サイケなテイストを持ったスペースロック。よって、その世界観は大きく繰り広げられ、その透明感のある響きとともに、聞き手は大きく吸い込まれるような構図となり、その中で尺の長い曲を聴きこませていく感じになっている。

強力なグルーブ感を持っていたレッド・ツッペリンや、美しい音の響きと共に1つの哲学を提示していたプログレッシブバンドのピンク・フロイドのような、70年代の偉大なロックバンドの遺伝子も組み込まれたマシーンズは、このアルバムで、彼らが広げる美しくもスペーシーな世界をさらに力強く、雄弁で、より説得力のあるものとして仕上げることに執心したようだ。

特に個人的にこのアルバムを聴いていて感心させられるのは、長年ジャムで培ってきたようなドラムの侘び寂びのあるその動きとサウンド。中でも、このアルバムの4曲目の「Daddy’s in the doldrums」でのドラムのグルーブ感とその繊細さはとても魅力的で、なんだかわかんないけど、その永遠に続くんじゃないかと思わせるリフとグルーブの長い繰り返しに、ものすごく引き込まれてしまって、とても印象的。個人的にはこの曲がベストトラック。5曲目の終盤の部分のドラム捌きなんかも、聴いた時にゃ、もう「ぐう」の音も出ない、といったところ。

このアルバムの良いとこは、音楽的に細かく実験的でありながら、聴き馴染みの良いポップネスもかなり意識しているとこもあり、その辺のバランス感覚がとても絶妙なとこ。しかも、長尺でありながら、どことなくスタイリッシュな雰囲気もあるとこも聴き逃せない。

「Lightning blue eyes」のようなキラーチューンも配しつつも、アルバム1枚通して、人間味のある、愛に溢れた作品にもなっていて・・・つまり感情にもきちんと訴えるような作品にもなっているとこがこのアルバムのテーマか、といったところか。「Alone jealous, and stoned」のような曲で始まり、「1000 seconds」のような曲でアルバムが終わっているとこが、それをより印象的に思わせていて好印象。

ただ、正直なことを言えば、このバンドのボーカルの感じ(スタイル?)はあんまり好きじゃなかったので、最初聴いてた時、そこがちょっとマイナスだなぁとかって、しばらく思っててね。それもどんどん聴いていくうちに、「これも1つの味かな?」と思うようになって、それほど気にならなくなってきたんだけどねぇ。でも、この先、きっと長く続いていくだろう中で、そのスタイルがさらに熟成して、もっと魅力的な味になればもっと良いだろうなぁ、とは思う。超個人的な感想。・・・とか言って、ただの好みの問題だけなのかな?(笑)

なんか、このバンド、ライブにはものすごく定評があるらしいんですよね。ずっと実験的なバンドやジャムバンドに身を置いていて、多くのライブをやりながらタフな活動をしていたようだし、アルバムでの演奏力をみても、驚くほどかなりの実力の持ち主だということも窺えるしって、そんなにその評判は間違っていないんだろうってことで、彼らのサマーソニックのステージも期待できそう。ただ、先ほどから何度も言ってるように、曲の尺が少し長いので、短い時間のステージで、どう折り合わせるのか?っていうのは、1つ問題かも。フリージャムに突入とかしちゃったりして(笑)。今時にそういうのも、このバンドの本当の能力を体験する意味では最高だよなぁ。

・・・それにしても、日本盤の発売が8月になってから、ってサマソニまで10日くらいしかないのはちょっと遅すぎない?
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天才的な表現域のカナディアンプログメタル。
- 2006/06/08(Thu) -
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Synchestra - Devin Townsend Band

ヘヴィメタルの領域をも超え、壮大なプログレッシブ音楽世界を繰り広げるカナダ・バンクーバー出身のミュージシャン、デヴィン・タウンゼントの新譜。

何度かこの名前を書いてきたと思うんですけど、改めてちゃんとこの人に触れるのは初めてだと思うので、一度整理したいと思います。

この人が世の中に出てきたのは、97年にギタリストの奇才、スティーブ・ヴァイがボーカリストを公募して、デヴィンがそれに選ばれ、「Sex & Relision」を完成、それをリリース時でした。それまでの2、3年というのは、出身地のバンクーバーで、自身のバンドのストラッピング・ヤング・ラッドという名のハードコアなヘヴィメタルバンドで活動していて、とてもローカルな存在でした。だから、このヴァイによるデヴィンの大抜擢は突然の大舞台でした。

そして、この方、何者?と思われる中、ヴァイとのステージでは、デヴィンもギターを持ち、あのスティーブ・ヴァイと対等にギターテクニックで渡り合い、ギターキッズを大きく驚かせることになります。しかも、インタヴューで「そんな超絶ギターテクニックをどこで身につけた?」と聞かれれば、「誰に影響を受けたわけでもなく、誰に教われたわけでもなく、全て我流で身につけた。」と言うのだから、さらに驚き。

しかも、驚かされるのはそれだけではなかったのです。そのヴァイ直後に立て続けに出された2作品、自身のバンド、ストラッピング・ヤング・ラッドのセカンド「City」と、ソロプロジェクトのマーシャン・マシーン名義の「Biomech」。前者はひたすら怒りだけの感情をぶちまけた超重低音爆撃ハードコアヘヴィメタル、後者はアンビエントで壮大な作品でした。ある意味、両極端ともいえるこの2作品で、デヴィン・タウンゼント自身の才能の凄さと彼が持つ世界観の大きさ、それを具現化できる技術力、圧倒的な表現力に、リスナーは強力に驚かされるのです。つい最近まで、全く無名だったローカルミュージシャンだったのに、です。

そして、翌年の98年、ソロ名義で「Infinity」を発表。人間の中に巡る苦悩を訴えながらも、例の奥行きのあるアンビエントなデヴィンサウンドを表に、それこそ音楽の「無限大」を目指したかのような、決定的な音楽作品を作り上げます。さらに話題として、デヴィンのファンだった(デヴィンの才能に嫉妬していた?/笑)ワイルドハーツのジンジャーとのコラボレーション曲「Christeen」の耳馴染みさもあってか、日本では10万枚ものセールスを記録、その名を広く知らしめることになるのです。

その後、99年リリースの「Physicist」、01年リリースの「Terria」へと続き、さらに楽曲・サウンド構築力を徹底的に追及、自分の身を削って人間の深層心理にある「苦悩」を見事に表現し、自分の内世界を美しいサウンドとして導き出すことに成功します。本人によると、アルバム制作中は、あまりに自分を執拗に突き詰めてしまうため、激ヤセし、製作が終わった途端、もう全てから逃げ出したくなってしまうのだとか。今のような落ち武者ヘアーになってしまったのもそのせいかも・・・。

それと同時に、超絶爆音メタルバンド、ストラッピング・ヤング・ラッドの活動も再開。03年に「SYL」、04年には「Alien」をリリース。さらには、地元ミュージシャンたちを集めたデヴィン・タウンセント・バンドを結成、その名義で、03年に「Accelerated Evolution」をリリースします。

とにかく、彼はその内容のとんでもない深さと濃さにもかかわらず、とてもリリース量の多い人で、1年に2枚出すこともザラで(ここで挙げた作品以外にも、オフィシャルサイトでのみの販売の作品もあったりする。)、今年もこの「Synchestra」をこの間出したところで、来月の7月にはストラッピング・ヤング・ラッドの新譜「The New Black」が出されるということだそうで、その辺も驚きで。

常に5つくらいのアイディアやコンセプトが同時に頭の中で溢れてる方らしいので、とてもじゃないけど、1つの体だけじゃ、自分の頭の中のスピードには追いつけない感じなのでしょうね。

「Synchestra」・・・お察しの通り、このタイトルは彼による造語で、「Synchronize」と「Orchestra」を組み合わせた合成語なんだそう。

今回もまた例によって、数珠繋ぎのようにして曲が並び、アルバム全体が1つの流れの中で、プログレッシブ的にストーリー展開していくような作風の中で、この作品の特徴らしい特徴といえば、ユーモアとエンターテイメントが盛り込まれた作品になってることかもね。特に、「Vampolka」〜「Vampira」の場面は、「Infinity」での「Bad devil」を想起させるようだし、彼の、時にはおどけた「そこら辺にいるニーチャン」キャラクターとも上手く見合ってるようで、盛り上がりますね。

そうかと思えば、従来通りのアンビエントなギターサウンドとキーボード主導の音の洪水、美しいウォール・オブ・サウンドで聴き手を瞬く間に別世界に連れて行ってしまう。まぁ、もうこれは彼の専売特許というか。

デヴィンの音楽を聴いてて常々思うのは、この人はやっぱ音への想像力の高さってちょっと尋常じゃないものを持ってると思うんですよね。結果、「サウンドエフェクトへのこだわり」とか、「サウンドミックスでの驚くべき才能とその技術」への大きな原動力となってるというか。そこが彼の「天才」とも呼ばれる所以の1つ。

ただ、そうした彼独自の音空間にもう圧倒される一方で、曲調はプログレッシブで、音作りは執拗なだけに、音楽のテンションも気迫も異常に高いですから、そう何回も容易く聴けるものでもないって感じで。過去の作品群を聴いてても、結構こっちが置いていかれてしまう場面もあったりして(苦笑)。普通では簡単には表現できない音世界を彼は完璧に表現しつくしてしまう天賦の才があるゆえに、逆にその彼の超絶的な音楽の難点になってしまうのがその辺なのかもしれない。

しかし、それもこのデヴィン・タウンゼント・バンドになってから、その辺も少し変化してきたように思います。俗っぽい言い方をすれば、聴きやすくなった、というか。置いていかれることが少なくなって、こちらも楽しむ空間が増えてきたように思います。そういう意味では、今作品もこのバンドの前作「Accelerated Evolution」の延長線上か。

今でも、自分自身を徹底的に突き詰め、侘び寂を使い分けながら、完璧に自分を出し切った「Terria」が彼のキャリアの中では最高傑作だと個人的には思うのですが、今回のユーモアだったり、エンターテイメントを盛り込んだ作風というのは、音楽を楽しめるという意味では、リスナーとしてはとても前向きに歓迎すべき点で。これまでだったら、最後の隠しトラックの超ポップなロックンロール・ソング「Sunshine & Happiness」のような曲が収録されることはまずありえなかっただろうし。その辺はソロ個人ではなく、バンドという集合体から生まれることができた余裕なのか。まぁ、パンキー・ブリュースター(メタルを愛するあまりに憂いた史上最高の偽者パンク。)とかもやってたくらいだから、基本的にどんなタイプの曲でも出来ちゃう器用さを彼は持ってるとは思うんですけどね。

もし、誰かにデヴィン・タウンゼントを勧めるとすれば、「Terria」を勧めるよりは、この「Synchestra」の方を勧めといた方がいいかもしれない。

僕は、このアルバムのスペシャル・エディションを手に入れたのですが(これは簡単に買い求められます。)、そこには僕の嫌いな付録DVDが付いてて(爆笑)、過去の楽曲によるスタジオライブが1時間ほど収録されています。個人的には彼の地元で観たライブで観たものと同じような感じ、同じような曲の流れだったので、その時を思い出してしまったのですが、もう素晴らしいの一言です。特に「Deep Peace」のギターソロへと移行していく「Away」は圧巻。思い出した、あのトリハダ級の美しすぎるギターソロ・・・。

最近は、デヴィンさんはほとんど日本に来てないので、これを観て、その辺のストレスを解消できるはず。このバンド、地元ミュージシャンの寄せ集めなんだけど、それにしてはものすごい演奏力なんだよなぁ。現地でその人たち自身がやってる各々のバンドも観たこともあるけど、そんなに有能なプレーヤーって街にごろごろいるもんかね?と思っちゃうんだけど。

他にも、デヴィンが彼所有のスタジオの中を案内してくれる映像があったり、ツアー中のオフ映像があったり、なかなか楽しいコンテンツになっております(日本語字幕はないけど)。
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スペインに住んでいる喜びを表現してみました。
- 2006/06/04(Sun) -
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Subtitulo - Josh Rouse (スタジオライブ)

早くも新しい作品を出してきたアメリカ人シンガー・ソングライター、ジョシュ・ロウズの6作品目。1年ぶり。

彼は、そもそもナッシュヴィルを中心に活動していたミュージシャンのですが、ここ最近はずっと、スペインの小さな港町かなんかに住んでいるらしく。なぜスペインなのかは知りませんけど(笑)。スペインは彼の性に合ったのですかねぇ。彼のバイオなんかを見る限り、結構アメリカ各地を転々としていた人生だったようなので、こういう移動というのは彼とってはそんな大きなことではなく、意外にスムーズのことなのかもしれません。

スペインに移住したアメリカミュージシャンということで、ここで聴かれるのは、前作に引き続き、ヨーロッパ的な美的センスを用いながら、かなりシンプルなアコースティックギターの弾き語りを中心にストリングスなども絡め、スペインは良いとこだよ、おいで、と言っている・・・みたいな(笑)。

力を抜けたアコースティックギターのサウンドに乗せて、そのスペインの港町の風通しの良さげな、海風の心地良さだったり、そこに住む人々の飾らない人柄の良さ、そんな居心地の良い空気だったり、そういった部分を地元の人間ではなく、あくまで外来者の視点で素直に描いている作品で。

だから、ありがたいことに、そんなにベタベタなスパニッシュまみれの音楽が鳴らされているわけでもなく、ほのかに香らせているだけ、その空気を楽しむだけ、っていうスタンスの感じがまた、我々のようなスペイン国外のようなリスナーには嬉しいっていうか。スペインの本物の音楽を君たちにも紹介してやるぜ!って感じにはなってなくて(笑)、土台はあくまでアルバムはジョシュ流ギターポップが基本ってことで、そこが崩れていないとこがいい。

こういうアルバムを聴いてて1つ良いのは、なぜ洋楽なんてものを聴いてるのか?っていう答えを思い出させてくれるんですよね。つまり、外国の音楽を聴くことで、耳の中で世界中を旅させてくれているような錯覚に落ちるから。まるで旅行会社のパンフレットをめくりながら、もしこんな素敵なとこに自分が行けたら、どんなに素晴らしいだろうな、って思ってるような。想像力もどんどん高まっていって、浸りに浸って・・・そしてリラックスしていく。実際はスペインに行ける機会なんて全然ないんだけど(苦笑)。そういうのを求めているなら、このアルバムはまさにそういうのに適している感じで。

10曲33分、とても軽く、さくっと気持ち良く、あっという間に聴けてしまえるアルバムです。これ聴いたら、スペインに行ってみたくなりますね。太陽に照らされた地中海を臨み、白壁の家の数々に囲まれながら、そう広くない石畳の坂道を歩いてみたい!・・・だなんて(笑)。
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