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DVDはいらん。
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- 2005/11/30(Wed) -
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*ライブの前に時間があったので、会場の近くにあるタワレコでCDを何か買ってみようと思った。
くるりの「NIKKI」を買おうと思って、手に取ろうと思ったら、全部DVD付の限定版だった。 ・・・DVDはいらんっちゅーねん!ファン向けのそういう、余計なものはいらん。 必死にCDだけのを探すも、ない。「限定版」よりシンプルな、音楽だけに焦点を当てた「オリジナル版」が欲しい人もいるのよ。 店員さんに聞いてみた。 「あのー、これ、CDのだけのってないんですか?」 「CDのだけのは在庫がない状態でして、メーカーの方にも在庫がない状態なんですよ。大変申し訳ありません。」と丁寧で明快な答えをいただき、 「(絶対嘘でしょ、ただ店の都合でそれだけしか入荷せず、限定版を買わせたいだけでしょ、と思いつつ、納得の表情で、)あー・・・そうなんですか、わかりました〜。」などと営業用ボイスで答えてみる。(笑) つじあやのの「Calender Calender」を買おうと思って、手に取ろうと思ったら、全部DVD付の限定版だった。 DVDはいらんっちゅーねん!ファン向けのそういう、余計なものはいらん。 ・・・またかよ。 店内のBGMはひたすらシステム・オブ・ア・ダウン。遅かれ早かれ、どっちにしろ買うんだから、それを買っておくか、と、輸入盤を手に取る。(例によって、日本版にはでーぶいでーが。) ![]() ![]() 春に出た「メズマライズ」、今月出た「ヒプノタイズ」は合わせて2枚組だったわけだけど、「ヒプノタイズ」の方が若干個人的には良かったような気がする。どっちがどうっていうのは、ここでは意味のない話けどね。どちらにそこまでの大きな違いがあるっていうわけでもないし。 メインボーカリストとギタリストによるダブルボーカルということもあってか、雰囲気はハードコアで、トチ狂ったオペラのようであり、かなり滑稽で、壊れたミュージカルのよう(たまにすごいこと言ってるので苦笑い。/笑)。作ってる人間がアルメニア系アメリカ人という事もあってか、相変わらず曲展開やメロディに普通の白人たちが作り出すような音楽ではありえないような動きを見せながら、ヨーロッパの伝統的なへビーメタルのような様式美も目立って組み込まれているようにも感じられ、そのバランス感覚と、新しく独特なものを生み出している、という感覚が面白く、興味深い。 今回は特にメロディのわかりやすさが前面に出てて、今まで以上にフックがあり、軽快で、それがキャッチーな形で目立ち、加速感も抜群で、かなり痛快に映ります。ユーモアも持たせた個性とアクの強さは言うまでもなく、最初から最後まで聴くとSOAD酔いしてしまうほどの強い中毒性と独特の濃さが徹頭徹尾貫かれ、豪快な演奏は誰もが納得の水準、どころか、当たり前のように最高水準。これでハジけられないで、何でハジけるの?といったところ。 ただ、これは僕のすごく個人的な意見なんだけど、やっぱその前の「トキシティ」や「スティール・ディス・アルバム」の双子作品時ほどの聴き応えは、そこまでの衝撃はなかったんです。さすが、なんだけど、正直、このくらいのことは当たり前のようにやれる人たちだと思ってたし、ぱーっと聴けて痛快だー!とは思いながらも、本音はちょっと肩透かしを食らったとこもあって。これよりもさらにもっと型破りの、聴き手をどんどんかき回しまくる、とんでもない化け物アルバムを作ると思ってたので、そういう意味では、変に落ち着くとこに落ち着いたような感じがしちゃって、傑作には映らず、残念かな。・・・次かな。 とか言いながら、やっぱ聴いてみることはお勧めする両アルバム。聴き当たりが良いので、良い入り口の役目を果たしてくれると思う。オフィシャルサイトに行って、チェックしてみてください。独特なメロディラインと不思議な曲展開で、面白いと思います。 *またもホメ殺し状態な雰囲気に恐縮。(笑) 「この人が選ぶものにはほとんどハズレがない。」 ・・・そう、言い切ったのに驚いた。 「人間、複雑にして千差万別こそ自然。」と、ある意味、突き放したような考え方を持っている僕には、そこまでおっしゃる、その不思議なシンクロ率(?)の高さに、逆に深い感動を覚えました。信じられない!と思いながら、毎度真剣にこうだった、ああだったとおっしゃるので、多分本当にそうなんだろうなぁ、と。もう少し、そこら辺感覚と感覚を行き合わせて、突っ込んで聞いてみたかったかも。それこそ人間が持つ複雑で微妙な感覚の話だから、なかなか説明がつかないとは思うんだけどね。 でも、初めてじっくり話し込む時間を持てて良かった。ほんとにぎりぎりまで話してたけど、もっと時間が必要だったかも。普通に旅行の話とか、色々聞きたかったし。基本的に僕がすごくおしゃべりですからね・・・0か10なもので。(苦笑) 方や、懐かしい話も出来て良かった。見てくれもあの優しい話し方、言い回しも全然変わらない。ただ、昔の経験から言っても、妙にどこかに拘る人だとは思ってたけど、そこまで頑固な人だったとはね。その6両目以外絶対乗せてくれなさそうな怖さがあった(爆笑)。・・・それを垣間見れて面白かった。(笑) 次のセッティングを心待ちにしましょう。住んでるとこ自体は近いんだし、全てはいつも忙しいあなたのスケジュールが鍵です。 *友達に、会ったその場でCDの盤を渡され、聴いてみろ!と言いつつ、興奮気味にバックチェリーの新譜について語ってきた。 ![]() 「これってコカコーラよりスカッとするよ!」 要するに、その人曰く、バックチェリーは、いつ、どれを聴いても同じなんだけど、取りあえずジャジャジャジャーン!!ってギターを鳴らして、ジョシュがオーライト!!ってやれば、全てカッコよく聞こえ、痛快で全てがオッケーになるとこが凄いんだそうな。様になりまくってるって話なんだと思うんだけど。・・・確かに。 バックチェリーとコカコーラ・・・いつ聴いても、同じように刺激的に演じてくれる、紛れもなくアメリカのハードロックサウンドと、「いつ飲んでも変わらない」アメリカの代名詞的炭酸飲料。どちらも味わえば認識できるし、スウィートで様にもなってる。話を聞きながら、そういう相似性にふと気づいたのと、またさくっとその場で妙に上手いことを言うものだから、興奮気味に語ろうとするその友達の前で、失礼ながらも、一人勝手に笑いのツボに入ってしまった。そりゃ、良いや、バックチェリーはコカコーラだ!(ぷぷっ)しかも、コカコーラ「より」って言ってることに、それを押す熱意のようなものが感じられるとこがね、また良いじゃないの。そのくらいぶっ飛んでる、と。(笑) 作品の評価云々の話はともかく、取りあえずそういうとこに裏切りがなくて、そういうことに真っ直ぐさを出すとこが彼らの良さだもの。ねぇ?(笑) |
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壮大に繰り広げられた淀みない音万華鏡。
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- 2005/11/29(Tue) -
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ミューはサマーソニックで2回観てるわけだけど、実はフルステージって1回も観たことがないんですよね。改めて、ちゃんと観ておこうかな、と思って、川崎クラブチッタに足を運んでみました。
キーボードによるアンビエントな空間の中で、開演時刻から待つこと10分。メンバーがぱらぱら出てきて始まった新譜のイントロダクションから立て続けに、新譜2曲目、代表曲の「Am I wry? No」とその場を掴んでいく。以前観ていたサマーソニックのステージは空間がとても大きく、このクラブのような直接的な音は聴けなかったので、妙に新鮮でした。ただ、しょっぱなから、演奏中、ステージの後ろ側からフロアに向かって強烈なフラッシュ点滅してくるため、これも演出効果の1つなんだろうけど、少々ステージの動きを楽しめない。(苦笑) ライブになると、色々また新たなバンドの側面がわかることが多いんだけど、このバンドの場合、CDと全く同じ音になるように、とにかく細かいとこまで大真面目に再現することに徹するタイプ。ライブゆえに力の入ったドラムに微妙なモタりがあったり、他の楽器にも生らしい部分はあるものの、ほとんど気になる程度のものではなく、大体寸分の狂いがない演奏を披露してくる。良くも悪くも、曲の演奏にライブ的な裏切りがないわけだけど、こういう音楽はフレキシブルに少しでも変えてしまうと、音楽のイメージががらりと変わってしまうため、やってる方もそれを自覚してるのか、そこに拘りと自信のあまりか、そういうスタイルを取る。聴き手も多分、ライブにおいてもそれほどの変化は望んでないような気がする。とにかく再現が大事で、広い空間の中で彼らの音楽がそのまま大音量で映し出されるのを期待してるように思う。 ミューのライブの面白いところは、普通のロックライブと違って、盛んに動いたり、声を上げたりするオーディエンスがほとんどいなくて、ただステージを見つめ、引き込まれて、じっと聴き入ってしまうとこ。彼らの音楽自体、変わった拍子が多く、曲展開や場面展開も結構盛んだったりするため、その動きが一定ではなくて、通常のロックライブによくある、ビートにノリながら、やんややんや楽しむ、というのがなかなか難しいっていうもあるんだけど、その代わり、その音楽の動きや展開に注目を集めてしまう、という現象があって、特に音が終始、とても綺麗で美しく、うっとりものだから、そうせざるおえないとこがあって。それで、曲中で上手く間が空くと、観客が沸くという、まるで歌舞伎か(笑)、ミュージカルを観てるような観客の動きっていうのは、傍から見てて面白い。 それにステージには、目算で縦6メートル、横10メートルほどと思われる大きなバックスクリーンがあって、そこに、例によって音楽にシンクロ、演出している映像が大きく映し出されるため、またさらに見入らずにはいられなくなる。いくらCDで聴きなれた音楽でも、どうしてもステージ上のストーリーが最初から最後まで気になってしまうのです。だから、そこは騒いでる場合ではなく、彼らの演出効果に集中し、どっぷり浸るほかありません。 ・・・そういえば、「Why are you looking grave?」の時に、ゲストでツインボーカルの片方を担ったダイナソーJr.のJマスシスの写真が、大きな画面いっぱいにずっと映し出されてたんだけど、なぜか曲の最初から最後までずっとその動かない絵だったんで、いくら一緒に歌ってるとはいえ(彼のボーカルはテープによって補われた。)、ちょっと妙な感じがして、可笑しかった。歌ってくれて、どうもありがとう!J万歳!って感じに映ってたように思えたんで。ダイナソーJr.も好きな人間としては。(笑) そんな感じのライブだったのですが、やはり総体的にファーストからの曲に対する反応の方が良かったかなぁ・・・正直な反応ですよね(笑)。それに負けじと沸いたと言えば、「白い唇のいざない」。オリジナル曲「White lips kissed」の日本語詞の曲で、「今日がライブで歌うのは2回目で、初めて歌った昨日は完璧に間違えまくってたんだけど、今日は上手くいくと良いな。」と言いつつ、カンペを持って、なんとか必死になんとか歌いきってくれました。 ちょっとしたMCを挟みつつ(突然「日本人女性は世界の中でもベストだ!」と変に物凄く大絶賛してたりもしてたけど・・・他の国にはない、良い待遇を受けたんでしょうかね。/笑)、セットは流れ重視で、上手く淀みなく進み、新譜からも大体聴きたいやつは聴けたんだけど、できれば、CD通りに「Apocalypso」〜「Special」〜「The Zookeeper’s boy」ってやってもらいたかったかな。「She came home for Cristmas」の終盤だけ、がんばって妙なインストがしばらくくっついてたんだけど、あれは意味がよくわからず、正直いらなかった。(苦笑) 本編ラスト「Louise Louise」では、劇的で感動的な展開と素晴らしいドラムワークを披露した後、メンバーが演奏終盤、1人1人楽器を置いて、神妙な面持ちで舞台から捌けていくんだけど、これが失礼ながらも、ちょっと可笑しい。この独特のスタイルが1回だけならまだしも、1回目のアンコールの最後も同じように捌ける上(そういうのが好きなの?)、どっちもバンドのメンバーではない、サポートのキーボードプレーヤーが一番最後まで演奏し、しばらく一人残るという、その残った時のフロアからのなんとも言えない空気に耐え切れず笑ってしまう。彼は、また最後はお前なのかよ!とツッコめるオイシイ存在であり、しかも天丼パターン(印象的な笑いのネタを繰り返し言って、さらに効果的な笑いを得る技法。)ですからね、ちょっと個人的に注目度が高かったです。(笑) このバンドにとって、やはり「Comforting sound」でショウの1番最後を飾れるということの意味はとても大きい。これでもかというほど、最も壮大にして豪快な側面を持つ楽曲であり、間違いなくこれを聴けば全ては満足できる衝撃と情報量を携えた楽曲で、このあまりにインパクトのありすぎる曲の後に、何か他の曲を聴きたい気には全くならない。大体のライブは、終わりの曲を演奏されても、もっと!もっと!という風な気持ちになるけども、彼らはファーストアルバムにして、聴き終えた人を全員沈黙させてしまうような、そんなとんでもない納得の曲を作ってしまったのです。これは恐るべきことです。ファーストにして、彼らが偉大な存在たる所以の楽曲のうちの1つです。 ということで、ショウの後の満足度は絶大。実際、なかなか良いショウだったと思いますよ。ただ、ちょっと一生懸命すぎるかな?自分たちの音楽に対して、最大の愛情を持って、ものすごく真摯であることはとても素晴らしいことだと思うけど、もっとリラックスしていて、余裕のあるとこを見せられるようになったら、もっと何か違う力と雰囲気が引き出されて、もっともっと素晴らしくなると思う。 2枚目のアルバムの感想には書かなかったけど、あのアルバムの欠点をあえて言うならば、あのアルバムは少し大真面目すぎたこと。今まで聴いたことのないような物凄いアルバムを作りたくて、物凄く創意工夫して作ってくれて、その強い気持ちとやりたいこと、アルバム内での動きは物凄く伝わってきて、とても理解できたんだけど、聴き手が聴く音楽としては、緊張感が高すぎて、どうしてもリラックスができる部分が少なく、アルバムの分量としても少し長めだったので、次はもう少し、良い意味で「砕けた」部分を持った、バランスのあるアルバム作品を作ってくれたら、音を楽しむ音楽アルバムとして、もっとその評価も上がると思う。才能と音の表現力は、他のどのバンドよりもずば抜けてるので、そこら辺を大きく期待したいとこです。 1. Circuitry Of The Wolf 2. Chinaberry Tree 3. Am I Wry? No 4. 156 5. Snow Brigade 6. The Zookeeper's Boy 7. 白い唇のいざない 8. She Came Home For Christmas 9. Pink Monster 10. Special 11. Why Are You Looking Grave? 12. She Spider 13. Louise Louisa --------------------------------- 14. Apocalypso 15. Eight Flew Over, One Was Destroyed --------------------------------- 16. Comforting Sounds ちなみに、名古屋ではアンコールに「Symmetry」も演奏されたそうです。ちょっと羨ましいなぁ。女の子のボーカルのテープも持ってきてたのか?(笑) |
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悲しく切ない4枚目。
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- 2005/11/26(Sat) -
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*シュナさんが素敵なお土産をくれたんですよね。DVDを焼いてくれたものを2枚もらったんですが、そのうちの1枚がマニックス、もう1枚がワイルドハーツ。どちらも貴重な映像で、とても興奮しながら観ました。どうもありがとう。
マニック・ストリート・プリーチャーズと言えば、ウェールズを代表する最も偉大なバンドの1つであり、もしフェイヴァリットバンドを挙げろと言われたら、間違いなく最初の方に言ってしまうバンドです(ワイルドハーツもだけど。)。 ただのロックバンドと形容できるようなバンドでなく、いつも精神的にパンクであり、とてもインテリジェントなバンドで、それゆえ、主義主張に関してかなりアクが強く、人によって好き嫌いも分かれるとこですが、妙に青臭かったり、人間臭いとこもあって、そういうとこが惹きつけてやまないとこかも。 もらったDVDに映っていたのは、4枚目「Everything Must Go」期(96年リリース)のもので、このアルバムに収録されている表題曲などはすっかりビールの宣伝曲としてのイメージを強く焼き付けられてしまいましたが(笑)、このアルバムは間違いなく傑作で、素晴らしい名曲のオンパレード。もし、マニックスを知らない人に勧めるとしたら、その聴きやすさからいっても、きっとまずこのアルバムから勧めるでしょう。 ただ、このアルバムの頃の音楽を通すと、いつも妙な気持ちになるのもまた事実です。DVDに映し出されている、大観衆の前で演奏をしている3人組の彼らの姿を見ながら、また思わず色々考えてしまいます。 精神的破綻を迎えていたリッチー・ジェイムス・エドワード(写真前列真ん中)の突然の失踪という深く悲しいニュースから、半年間バンドが全く動かなくなり、それでもいつまで経ってもその状況が変わらないため、あくまで状況改善が起こるまでの、次への「繋ぎ」で作られたこの4枚目。それまでは野心的で、問題児、反逆児的な存在ゆえに、バッシングが強烈で、望んでもナンバー1にも、ビッグヒットにも恵まれず、それでも突き進んでいくしかなかった4人組バンドが、そのシンボルになっていたような感もあるリッチーが途中脱落して、それによって生み出されたと言ってもいいこの作品のリリースにより、一転、皮肉にもダブルプラチナム獲得、嫌われ者から国民的ロックバンドとして迎えられる方向へと事態が一変してしまいます。この手のひら返しぶりには、当時本人たちもずいぶん戸惑ったそうですが。 それまでとは一線を画すように、アルバムで見せた大きなサウンドの変化。それまでにバンドに占めていた危険な匂いが消え、いきなりまるでクイーンのように、大仰で華やかになりました。間違いなく重苦しい時間を過ごしたはずの残された3人が、どうしてこのような、ハープをかき鳴らし、ストリングスに囲まれた美しいサウンドスケープとエモーショナルの極みを世間に示したのか。そして、残されたリッチーの詩を曲にいくらか使用していたとはいえ、もしリッチーがずっとバンドに存在していたら、このようなアルバムをリリースしていたのか。逆に、リッチーがいなかったから、このようなモンスターアルバムを作ることができたのか。当然、タラレバに答えはないし、僕もこの当時、リアルタイムでファンでなかったから、インタビューなど読んでその理由を知る由も今までありませんでした。 それを知らずとも、今、その後のアルバムの流れを見ながら、なんとなく理解できるのは、3人マニックスが自らの意思でこのような大変化を遂げること自体は実現可能だったということ。そして、彼らが別にコマーシャリズムに身を売ったわけでもなく、それでも前向きに新たな岐路に立った、ということには間違いなくて、ついには、そのまた次のアルバム「This Is My Truth Tell Me Yours」の綺麗なジャケ写真を見ると・・・・幾分心が洗われるようで、きっとこれで良かったのかも、と思えてしまう。というか、それを救いに、「全ての物事は流れ行く」のだな、と考えるしかなくて。世間との摩擦から打ち落とされてしまった、繊細な心の持ち主だったはずのリッチー・ジェイムスを思いながらも。 皮肉さとなんだかやるせない気持ちを感じつつも、素晴らしい楽曲に感じ入り、どうもいつも複雑な心境になるのです。このバンドからは全く想像がつかないほどの音の美しさとそこからにじみ出る切なさが余計にね。 リッチー・ジェイムスが爆発していた3枚目「Holy Bible」のサイトがこちらにあります。当時のライブ映像やオフィシャル写真、当時を振り返ったインタビュー映像もご覧になれます。 *GYAOミュージックチャンネルで、ビーチボーイズのドキュメンタリーが観られるようになりました。彼らがビーチ・ボーイズというファミリーグループを結成して、サーフ・ミュージックで全米を熱狂の渦に巻き込んでいた頃、ブライアンがツアー生活に耐えられなくなり、スタジオに篭って、執拗なまでにアートに拘った音楽を作っていた頃、ブライアンが潰れ、残りのメンバーでアルバム制作とヨーロッパなどをツアー展開していた頃、等々、ビーチボーイズの一連の流れが一通りわかるドキュメンタリーになっています。 彼らのボーカルハーモニーは、稲妻に打たれたようなギターワークと同じくらい効果絶大で、もうへなへなに腰砕けになってしまいます。これを「マジック」と言わなければ、何を音楽で「マジック」と言うのでしょう。「Fun Fun Fun」や「I get around」などノリノリになってしまう曲から、「Surfer girl」のようなどこまでも美しい音描写。もちろん、大きな変化を求めた、棺桶にまで持っていきたい傑作アルバム「Pet Sounds」以降の国宝級のアートミュージックには脱帽。 後半、ブライアンが連れて行かれるとこは、結構笑えます。 *ここで、ダークネスの新譜のフル試聴をしてみたけど、時々、ボーカルワークが妙にドッグス・ダイ・イン・ホット・カーズと被るような気がしなくもなくて(え?/笑)、そう思ったら、妙に親近感も沸けた。前作はなんのヒネリもなくて、そのまますぎて、なんだかなーって感じだったけど、今回は多少工夫が見られ、少しは納得。ベタベタ、コテコテなのは相変わらずだけど、前よりは聴きやすい。生粋のハードロックファンにはさすがにこれでは物足りないか?そんな彼らにはビッグなギターリフがもう1つ、2つ欲しいとこかな。もう1曲あっても良いかなとも思うけど、10曲35分程度、という姿勢は軽い感じで、好感が持てる。 |
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焼き芋の季節か。
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- 2005/11/23(Wed) -
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*大変な騒ぎのモトリー・クルー公演でしたが、もう1つのイベントがありまして、名づけて「さいたま会議」なんですけど(笑)、いわゆるオフ会みたいなもんで、恒例のものです。
ここにもよく来てくれるシュナさんとお会いして、コーヒーショップで公演が始まる前の2時間、公演後、飲み屋で1時間半近く、ひたすら音楽の話しかしない、という、かなり異常な会議です(苦笑)。会議ですから、それ以外の雑談はタブー!っていうことでもないんですけど、普通に話してると、それだけで終わってしまうんですよね、悲しいことに。3時間以上話してても、時間が全然足りないんです。まぁ、年に1回あるかないかなので、仕方のないことなのかもしれないですけど、ほんと、オタクみたいな話ばっかりでした。(笑) オフ会のようなものに参加したことのある方はわかると思いますが、その会った時の感覚というのは非常に奇妙なものです。シュナさんと会うのはもう3度目くらいなので、特に変な緊張感などはないのですが、最初の時なんかはね、いつもほんと変な感じですよ。面識もないのに、自分のことをその相手はなぜだか妙に知ってらっしゃるわけです。「書いたことがあること=会ったことがなくても、話したことがあること」になるわけで、少しその辺のことも気をつけないと、会話の方もわかりきった話を延々としてしまう羽目になってしまうんですよね。 さいたま会議は、8割方、毒舌会でした。2年くらい前の渋谷会議はもっと大人の会議だったと記憶してるんですけど、今回はここまではっちゃけていいのかな?っていうくらい爆発していたような気がします。なかなかこういう文章の形で毒舌を吐くのも、長い時間ネガティブなエネルギーが必要で、そういうのは嫌なので全く書きませんが、口頭だとそこら辺いとも簡単で、笑えるトピックとしても面白いですから、話し出すと止まらなくなります。良い話は大体ブログにも書いてありますから、それを避けるとなると、悪い話しか残ってないっていうのもあるとは思うんですが、とりあえず、シュナさんが大人で良かったな、と。(笑) ウィーザーとか、その辺りの話もしたんだけど、モトリー・クルーのライブで会ったということなのか、ハードロックものの話も結構多かった気がします。今時のバンドの話をすることはあっても、その系統の話は、もう今では普段会話で絶対することがないですから、すごく新鮮でした。そして、人間の記憶ってすごいな、と思いますね。だって、もうウン万年ぶりに口にしたバッド・ムーン・ライジングという単語(笑)。それに続き、すぐさまお互いカル・スワンやダグ・アルドリッチという名前が口をついて出るっていうのは、僕もバカじゃないんだな、と(笑)。別に彼らのファンになったことは一度もないんですよ?それなのにね。でも、そのくせ、なぜかニッキー・シックスという単語が出なくて、「ジュディマリのドラムの人」みたいに、「ほら、あのー、モトリー・クルーのベースの人!」とか、言ってるんですからね。「これから観るんですよ!バンドの看板の人じゃないですか!」っていうね。・・・どうなんですか、このいい加減さ。笑えますね。 *僕が買う雑誌というのは、一般誌では、ほんとに気分転換に面白そうな記事がありそうなのを買うくらいで、それ以外はほとんど音楽専門誌なので、一般誌を買うという行為自体は結構珍しいわけですが、最近、面白そうだな、と思って、手をつけてみたのが、「Aera English」。先月号の表紙はジョン・ボン・ジョヴィだったもので、なおさら手に取りやすかったのも良かったのかもしれませんね。 ![]() ![]() ![]() この雑誌、いわゆる英語学習者のための雑誌で、大体80ページから90ページくらいの、いつもその倍か、それ以上の文字だらけの音楽誌を片っ端から読んでる人間としては、非常に軽い感じの雑誌です。雑誌のサブタイトルには「TOEICスコアをアップさせたい人へ」というタイトルが付いています。 TOEIC(トーイック)というのは、ご存知の方も多いかもしれませんが、いわゆる英検とかそういった類のもので、他にもTOEFL(トーフル)やIELTS(アイエルツ)、ケンブリッジ検定など、色々ありますが、その中でも今最もメジャーな英語試験かもしれません。日本では、学校や企業などが今、率先して取り入れてるとこが多く、年間でなんと140万人以上の方が受験されてるんだそうです(世界で450万人ほどだそう。)。試験は990点満点で、それを英検みたいに合否を決定するわけではなく、その試験でどのくらい点を取れたということを、ただ公式に世間に証明することのみのテストです。 まぁ、そういうサブタイトルをつけるくらいなので、英語学習法とか、通訳・翻訳関係の話とか、国際交流等、何かそういうことに関連した話が多いんですが、意外に結構新鮮だったのは、いくつか載っているインタビュー記事のほとんどが、原文と訳文と両方、しっかり書かれてたりするとこ。英語がわかる方はもちろん原文の方が記事として明らかに正確なので読めばいいと思うし、わからない人でも、当然記事の内容がわかる上に、原文からどういう風に訳されてるのかがわかって楽しめる仕組みにもなっていて、英語に親しみを感じられる場面です。ありそうでなかったですよね、こういうスタイルって。これまでの外国人とのインタビュー記事は一方的に良いように和訳された記事のみでしたから、すごく良い感じ。 他の普通の記事でも、日本語の文面の中で、必要に応じて、随所に英語の記述が見られ、よりリアルで新鮮な形の記事を目にすることができるようになりました。最も良いのは、この手の雑誌にありがちな、あっちにもこっちにも挟まれる英会話だとか英語学習関係の広告がほとんど目に付かないっていうところかも!(笑) 新聞屋が作ってる雑誌なので、全体的に少し真面目すぎるキライも無きにしも非ずなんですが、せっかく外国語を主題においてるわけですから、できればもうちょっと、日本にいても外国の世界を楽しめるような娯楽誌の色も濃かったらいいのにな、と思います。こんなことを言っては失礼なのかもしれませんが、コンビニでSPA!とかと並んで売られてるような雑誌なのだし(笑)。 一番好きな記事がそういう記事だったりするので。例えば、「LOHAS」(Lifestyles of Health and Sustainabilityの略なんだそうで、自分にとって豊かで満足の出来る暮らしを求めた「健康的で持続可能な生活スタイル」のこと。)についての記事とかがその手の記事で、そんな言葉は僕も初めてここで知りました。さすがにこういうのは発端となったアメリカらしい提案というか、大量消費の資本主義の反動なんでしょうが、とても興味深いものです。 言葉の勉強は、この雑誌の紙面でも語られてるように、非常に挫折しやすく、とても長く終わりの無い旅のようです(根性も集中力もないから、挫折しまくりだよ。/苦笑)。だから、みんなが苦心してる言葉の勉強に協力できるように、色々提案してくれることはありがたいことですし、それを読んだ人たち、僕を含めて、大きな助けになると思います。ただ、そういう勉強してる言葉も、その土地の文化によって形成されるものであって、そういう言葉が生まれてきた背景や生活、習慣、社会等も見せてくれないと、言葉に面白みを見出せない、というのもまた事実です。そういう部分でも雑誌の良さは出せるのではないかと。 *「い〜しや〜きいも〜」と遠くから聞こえてきました。久々に聞いて、少し感動。季節の風物詩です。さおだけ屋もつぶれませんが、焼き芋屋さんもつぶれたりはしませんね。(笑) |
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とりあえず火炎噴射と爆発。
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- 2005/11/20(Sun) -
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もしドレスコードならぬ、CDコードなるものがあったら、間違いなく完全アウチ(アウト)なキャンディ・ブッチャーズやロン・セクスミス、ワンダーミンツをまったり聴きながら、モトリー・クルー公演を観にさいたままで行ってまいりました。久々に来たけど、さいたままで2時間。遠出でした。家出てから着くまでに、普通にCD3枚分ほぼ聴き終えるほどです。横浜アリーナだったら良かったのにね(笑)。
もうとっくに縁遠くなってしまったはずのモトリー・クルーを、今になって何で観に来たのか、自分でチケットを買って、そんな遠い会場まで足を運んでおきながら、それでもいまいちよくわかってなかったんだけど(おいおい)、始まったらとりあえずすごい盛り上がってやるぜ!みたいな意味不明な気合だけはなぜかあって(笑)、観る前の感じって本当によくわからん感じでした・・・やっぱノスタルジーかな。まぁ、ロンセクを地味にしっとり聴きながら、のほほんとやって来た割には、これから本当に相手にしなきゃいけないのは、ド派手で超ワイルドなモトリー・クルーですからね。ねぇ?(笑) 会場に入ると、案の定、仮装大会出場ですか!?みたいな方がいらっしゃいまして(笑)、トイレに並んだら、僕の次の順番付いて並んだのが、寸分と違わないまさかのニッキー・シックス!・・・の格好をしていた外人さんで(あまりに完璧なドレスアップとメイクアップで、すぐ側にも拘らず、しばらく凝視してしまいました。)、それが終わって、館内の広い通路を歩いてると、向こうからやってくるのは、ベレー帽に黒の革ジャン、大きなグラサンをかけ、あの独特の怪しい雰囲気を漂わせていた、間違いなくミック・マーズ!・・・・の格好をした小柄な一般のファンの方、とかだったりして、ほのかにお祭り臭でした、やはり。 全体の客層は、20代後半とか、30代から40代にかけてあたりの方が、当然のように多くを占めてたのですが(時には子供連れも。)、指定の席に着いたら、僕の目の前を囲むように座ってたのが、どうやら高校生集団。前列の男の子たちは、もう話のトーンからして踊ってて、すでに興奮状態、横にいた女の子2人組は、MDを2人で聴き合いながら、買ってきたツアーパンフに載ってる40を過ぎたオジサンたちの写真を食い入るように見つめてて(失礼/笑)、きゃーきゃー言ってて、なんともかわいらしく、とても初々しい感じで。今の高校生って、同級生の友達同士でモトリー・クルーのライブになんて行くものなのかな?・・・そういえば、昔初めて外タレライブを観に行った時に、ツアーパンフ買ってたっけ?などと思い出してしまいました。何で買ったんでしょうね?でも、ツアーパンフなんて買ったのは、後にも先にもその1回だけでした。今はそのツアーパンフ代も全部ビール代になってまして、会場に入ると、まず行くのは、グッズ売り場ではなく、飲食関係の売り場でして。(オヤジかよ!/笑) ビール片手に(すでに2杯目)、前座・バックチェリー。40分ほど。バンドに用意されたステージセットはとてもこじんまりしたもので、この間のサマーソニック時のステージと比べると、さすがに大分状況は不利だったかも。まぁでも、前座の扱いなんてそういうものだし、彼らもそういう中で当たり前のようにやっていて、限られた中でもいつも通りにステージを卒なくこなしていたという感じ。ジョシュのパフォーマンスに、クールなリフとドライブ感のあるギターワークを中心にしたロックバンドとして、精一杯やっていく姿は、いつ観ても相変わらず。バックチェリーの感想って、よく「相変わらず」っていう言葉を使ってしまうけど、それをいつも気持ち良くキープすることができるのは、さすがだと思う。いつも変わらず、わりときちっとカッコ良く演奏してくれます。 ただ、そんなバックチェリーの、演奏からにじみ出る真面目さやその音楽スタイルからは、どうしても少し地味だったり、淡白にも映ってしまう傾向があって、特にモトリー・クルーのような派手なバンドを前にしてしまうと、印象がかなり薄くなってしまうとこがあるんですよね。セットに「Dead again」とかもっと走ったりする曲が入っていれば良かったのかな?とも思うけど、そういうことも超えた、もう少し何か、より大きな説得力が生まれたら、もっともっとバンドとして魅力的なんだけどなぁ。 そのせいか、「ニューアルバム「15」を買って、ぜひチェックしてくれ。」というMCとともに、新曲も何曲か演奏していましたが、曲を知らない僕を含めて、そういう風な人たちに、強く深くアピールできてたかというと、あくまで落第点な感じ。一番最後に演奏した「Lit up」は、さすが彼らの代表曲だけに、待ってました、とばかりに多少の盛り上がりは見せてたけど、ステージから遠くにいた(苦笑)僕には、カミナリを打たれるようなショーだったか?というと、そうではなかった、と正直に言わざるおえません。 知っての通り、十分に実力もあって、個人の個性もそれなりにあり、コール&レスポンスも盛んに取り入れ、健気なまでにも、いつも100%のステージパフォーマンスを見せようという心意気と姿勢がすごく伝わってくるようなバンドなだけに、ここは超えなければいけないところかも。大きな会場に対して小さいステージセットだったとしてもね。これからアメリカを回るなら、なおさらそこが課題です。前座ならば、なおさら全然相手にしてくれないし、日本のファンがかなりショックを受けてしまうほど。ファンの人には、余計なお世話、と言われてしまいそうだけど、そういう気がしてしまいました。 個人的な見解として、「Crazy Bitch」ような、「踊れるロック」を新機軸として打ち出してきたのは好感度が高くて、せっかくセクシーな部分も持ってるんだから、そういうのをどんどん出していったらどう?と思うんだけど、どう?彼らのライブもより楽しくなると思うんだけどね? Setlist 1. So Far 2. Broken Glass 3. Porno Star 4. Crazy Bitch 5. Next 2 You 6. For The Movies 7. Ridin' 8. Lit Up 3杯目のビールを持ち(笑)、モトリー・クルー。シラフでモトリーを観るなんていうのは似合わないし、楽しむための演出でおかわり&おかわりです。 それはさておき。今回のリユニオンツアーは完全ノスタルジーツアーで、演奏する楽曲もほぼ、彼らが大活躍していた80年代のヒットソングばかり。焦点はそれらの楽曲にどれだけ華を添えられるか、お祭りにできるのか、ということ、1点のみです。それ以外も、それ以上のものもなくて、ライブ中、最も印象的だったのは、ヴォーカルのヴィンス・ニールのMCのとこで、「ここに俺たちのリアルタイムのファンはいるかー!?」とオーディエンスに問いかける場面があって、観客の無邪気な反応に、彼は「今夜は80年代に戻って楽しもうぜ!」と大きな声で返したのです。つまるところ、これは徹底した彼らの80年代の再現だったわけです。 オフィシャルサイトのトップページのイメージにもあるように、ステージのセットは、大きくサーカス小屋をイメージしたもの。会場が暗転すると、ステージ脇にあるスクリーンで、バンドメンバーが描かれたコミカルなマンガが自己紹介のように映される。まるでそれは、ユニバーサル・スタジオだかなんかのアメリカのアミューズメントパーク感覚そのものの導入部。そして、いよいよショーが始まる時、そのサーカス小屋に下ろされていた大きな幕が上がり、誰もが知る彼らのヒットソングの演奏が始まるのです。サーカス団員と思われるビッチな踊り子さんたちも派手に登場、天井から下がってるロープにぶら下がり、セクシーな大開脚も繰り広げ、ステージ上は一気にヒートアップで、火炎噴射しまくりーの、爆発物は随所にバンバン使いまくりーので、ぶっちゃけ楽曲なんて知らなくても楽しめそうな超ド派手ショー。今まで僕が観てきたライブの中でも、さすがにここまでやってるライブは生で観たことがありません。ていうか、普通はやりません(笑)。さすが80年代を派手に生きてきた人たち。その代表選手みたいな人たちですからね。アミューズメント好きなアメリカ人たちだから、やはり、徹底してこういう大きな会場での魅せ方、楽しませ方には慣れてるなぁ、といった感じ。まぁ、それだけお金もかかってるんだろうなぁとは思うけど(笑)。 それからは、もうひたすらシンガロングですよ。ガラにもなく、コブシを振り上げ、歌いまくり、ビールも飲みまくり(笑)。やっぱこうでなくっちゃね。 ライブは2部構成で、1部は彼らの初期の2枚のアルバムからのみ、2部はバンドが巨大化していった時期のヒット曲集で、中盤の10分のインターバルを含め、たっぷり2時間半。1部が終わると、サーカス小屋の幕は下ろされ、客電はつかないまま、また脇のスクリーンで映像放映。オーディエンスもその「サーカス団の夢」から覚めることもなく、カウントダウン付でそのまま2部へ行ける構成。こういう気遣いが手馴れすぎてる(笑)。こういう時間を作るから、またビール買いに行っちゃうじゃない!(笑) ひたすら、80’s万歳!!とばかりに、こういうアリーナ・スタジアム向けのビッグショーの凄さを再現してくれるのですが、欠点の方も見事再現していてくれて(苦笑)、その典型的な例が、やたら長く、ひたすらつまらない楽器ソロの場面。いつになったら、終わるの?と定石通りイライラさせてくれます。しかも、彼らはショーの終盤で、見事ベース、ドラム、ギターの各コーナーを全部取り揃えてきてくれたせいで(苦笑)、一番シメなければならないとこが、ひたすらぐだぐだでした。あれでかなり眠くなってきた。「Dr. Feelgood」までは、ほんとに完璧だったのになぁ。 ただそのソロコーナーの中でも、ドラムのトミーの場合は、自分のソロですら魅せることに必死ですから、昔はドラムにシートベルトをくっつけて、ドラムセット全体が空中でくるくる回り、その中でドラムソロをやるという、凡人なら誰も考えないことを平気でやってて(笑)、今回もそれはワイヤーアクションを取り入れ、見事空を飛ぶことでオーディエンスから大歓声。スーパー歌舞伎です(笑)。そして、ひたすら缶みたいなものをカンカン叩き続け、かなり謎のソロをアクション付で見せてくれました。 これでトミーのコーナーは終わりと思いきや、それで終わらないのがリアリティショーでも天才ぶりを発揮してる所以。普通ステージの一番奥にずっといるはずのドラマーがステージのフロントまで出てきて、何をするのかと思いきや、女性の観客を指して、「乳見せ」を要求。・・・さすが80年代の常識!とはいえ、明らかに職権乱用です(笑)。次々さらけ出す外人さんたち。すげー・・・。さすがに恥らう日本女性では無理でしょー!?と思いきや、それでもトミーは「Come on girls! Who cares? Don’t be shy! Come on!」とずっと徹底要求し、ついには・・・・痛み入ります。おかげで眠かったとこを見事救ってくれました。(笑) 対して、ギターのミックは、あのひたすら地味で怪しい佇まいの全く動きのないキャラクターですから、トミーの逆で、ずっと「Kickstart my heart」のイントロに似たような箇所を繰り返し、怪しいイヤガラセを心行くまでしてくれました(苦笑)。 そういう感じで、全ては事前の脚本通りに進んでいく大サーカス。きっとその準備で裏で動いてるスタッフも大変なことだったでしょう。ショーの最後は、バンドメンバーほか、出演者皆さん全員がステージの前まで出てきて、丁寧なお辞儀で締めくくり、拍手喝さいを浴びてました。1つのプロフェッショナルなエンターテイメントを心行くまで楽しみ、ほんとに良かったです。ただのリユニオンツアーだった、とだけは言わせない何かがありました。こと、日本で行われる外タレライブは、このような形式は、望んでもほとんど目にできず(あっても、規模を思いっきり縮小されてしまいがち。)、そういった意味でも、大きな感動と新鮮さがありました。 が、毎回、どこのバンドも、こういう派手なライブを見せられたらキツいので、何年かに1回あるかないかでたまに観るなら、すごく感動!といったとこではないでしょうか。(本音かも。/笑) Setlist 01. Shout At The Devil 02. Too Fast For Love 03. Ten Seconds To Love 04. Red Hot 05. On With The Show 06. Looks That Kill 07. Louder Than Hell 08. Live Wire --- Intermission --- 09. Girls, Girls, Girls 10. Wild Side 11. Don't Go Away Mad (Just Go Away) 12. Primal Scream 13. Glitter 〜 Without You 14. Home Sweet Home - Nikki's Solo - 15. Dr. Feelgood - Tommy's Solo - 16. Same Ol' Situation (S.O.S) 17. Sick Love Song (New song) - Mick's Solo - 18. Kickstart My Heart ----------------------------------- 19. Anarchy In The U.K. |
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引き続き懐の広さを披露。
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- 2005/11/15(Tue) -
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![]() Mr. A-Z - Jason Mraz(日本版) ヴァージニア州メカニックスヴィル出身のシンガーソングライター、ジェイソン・ムラーズのメジャー2作目。 1人の若者が1本のアコースティックギターを元に、サンディエゴのコーヒーショップで定期的なライブと自主制作盤リリースの地道な活動を行って、メジャーレーベルとの契約を獲得。メジャーデビューアルバム「Waiting For My Rocket To Come」をリリースした後のミリオンに迫るビッグセールス、その後のサクセスストーリーは多くの人に知られるものとなりました。 去年、リリースされたライブアルバム+DVDで見て取れた人気ぶりは僕の想像を大きく凌駕するもので、ほんとにメジャー然としたホールクラスのコンサートに、そういうものを観に来ているお客さんの顔ぶれだとか(並ぶ若い女性やカップルの数々・・・。/笑)、本国ではここまで一般受けしたビッグアーティストだったのか、と驚かされました。 もちろん、彼はその人気の大きさに負けないミュージシャンとして、実力は新人にしてすでに折り紙つきであり、それでいて、美しく整ったサウンドを鳴らす強力なバックバンドを従えるのだから、鬼に金棒というか、なんというか。 そんなジェイソン・ムラーズが、U2やストーンズ、デイブ・マシュー・バンドなどを手がけた大物プロデューサー、スティーブ・リリーホワイトにアルバムプロデュースを依頼し、1年間じっくり腰を据えて作ったのが、今回の作品。アルバムタイトルはほとんどセルフタイトル扱いで(ファミリーネームを言葉遊びに利用したタイトル)、作品に対する思い入れ十分で作られた意欲作のようです。 前作が若々しさと勢いの感じられる初夏のような作品だったとすれば、今回の作品は初秋のような作品だと思う。アルバムのトーンは前作に比べ、明らかに渋みを増していて、一見、それは地味にも映るかもしれないけど、それに応じて発揮される彼自身の能力と音を彩るセンスには、まだ2作目のリリースのミュージシャンとはとても思えないほどの説得力があります。 彼のイメージ的に、ポップアイコンとして、もっと跳ねていったり、勢いのあるとこを見せて、引き続きアルバムでもどんどん遊んでいくのかなーと思ってたんだけど、この作品を聴いたら、想像以上に真面目に、音楽の深みを追求し、それらをアーティスティックに披露していくことに身を削る、こだわり屋さんだったので、少々意外だったなーと。それも、自称「オタク」たる所以か。(笑) 初め聞いた時は、こういう形を取っていくのは正直、まだ時期尚早なんじゃないか、と思うことは無きにしも非ずだったのですが、そんな思いとは関係なく、アルバム冒頭から、贅沢な雰囲気でぐいぐい聴き手を引き込んでいくあたりはさすが。この人のポテンシャルには驚かされる。少し甘く見てたかも。 よくポップミュージックにある、そのリリースされた当時を象徴するような、最大瞬間風速的な派手さはないけど、長く付き合えるような作風。シングル曲「Wordplay」や「Clockwatching」を始めとする軽快な楽曲がありながら、彼の艶やかな歌唱とその状況に応じた演出力のあるバックの演奏が光る、メロディ重視の渋みのある楽曲も組み込まれ、老若男女問わず安心して聴け、オールタイムで味わえる、落ち着いたポップアルバム作品に仕上がっています。 彼の音楽的引き出しの多さは、今回の作品でも発揮されていて、レゲエやジャズなどの影響はこれまで通り、中でも驚くのは、例えば、「Mr. Curiosity」でのいきなりオペラだったり、「Bella Luna」でのボサノバだったり、たった1作品で、博覧会のように色々な音楽を魅せてくれるとこは、聴いていてワクワクするし、とても楽しいです。 |
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2作目のジンクス。
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- 2005/11/11(Fri) -
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*久々にCD屋さんに行きました。もう最近は、なかなか行ってる余裕もなくて、CDを買うのもオンラインショッピングするのがほとんど。そっちの方が店で買うのより明らかにメリットが大きいというのもあるんですけどね・・・。こんな僕でも昔はやはり、CDはお店になるべく出向いて、数ある作品を手にとって直に触れ、それらを見分けながら本当に欲しいものを探して回ることの重要性を持論として持っていて・・・持っていたはずで(笑)、なぜなら、その経験自体が良い意味でも悪い意味でも思い出になり、またその作品への思い入れにも繋がるから、なんだけど、もう自分の怠け癖とインターネットの利便性には完全に勝てなくてね。間違いなく1にも2にも楽だから。(笑)
まぁ、あまり行ってなかったんで、そろそろ行きたいな、と思って、少々いつも以上に気合を入れて行ったんです。 ところが、行って情けないことに、欲しいのが1枚もないの。衝撃の出会いは全然なし。どれもあまり大きく響かず。少しは引っかかるものはあったんだけど、あんまり無理に買っても良いことないから、止めた。えーい!こうなったら、最後の砦、ポール・マッカートニーの新譜でも!と思ったら、まるで嵐の後のように日本盤がひっそり1枚あっただけで、輸入盤が1枚も見つからず。オンラインで手を付けた方が良さそう・・・ああ、またそっちか・・・。 本当は、1枚もないっていうのは、幸せなことなんだろうけどね。でも行く前は、もうどうしよう!欲しいのが多すぎて、僕が持ってるお金じゃ足りないわ!なんて悲鳴を上げてるイメージを想像してたから、もう、肩透かしで、寂しい感じです。あまりに寂しかったので、思い切って外食でもして、ビールの1杯でも飲んでやりました。ああ・・・悲壮感がより一層漂いますね。(・・・・。) 音楽業界も徐々に年末進行になってるみたいで、新譜よりもベスト盤とかね、やっぱそういうタイトルが増えてきてます。リンプとかブリンク、ビースティ・ボーイズ、ディスティニー・チャイルドとか、そういうものですかね。これからもどんどん増えてくるのでしょう。こういう時期になると、新譜のビッグタイトルも出にくくなるし(今はマドンナやらフィオナ・アップルも出てるし、システム・オブ・ア・ダウンだってこれから出ますけど、)、インディからの掘り出し物の新譜目当てになっていく感じになります。なかなか良いのあったけどね。 今年特徴的なのは、とにかくライブ盤が多い。もうエアロスミスに始まって、スリップノット、マーズ・ヴォルタ、マルーン5、シンプル・プラン、グリーンデイとかとか。こんなにライブ盤が目立ってこの時期に出る年もなかなか珍しいかな、と思うんですけどね。僕はそんな賑わいとは裏腹に、気分的に乗らなかったので、普通にスルーしました。スリップノットは観客も狂ってますね。(笑) *そんな寂しさに包まれてたのですが、意外にその翌日くらいにすぐに救ってくれたのが、レンタル屋さんで借りたつじあやののカヴァーアルバム。去年出てたらしいです。7曲、7曲の2枚組で、1枚はきちんとスタジオで録ったもので、もう1枚はウクレレ1本持ってスタジオの外に出て、色んなとこで弾き語りで録ったもの。彼女の出身の京都を舞台に、鴨川の土手でだったり、出身校の講堂でだったり、京都の寺院でだったり。中には実家の部屋の中で1人、フリマで200円で買った中古のレコーダーで録ったものもありました。2枚組どちらも、大体どこかで聴いたことのあるような曲ばかりなんだけど、選ぶ曲に彼女独特のセンスが光っていて、良い感じ。特に、井上順の「お世話になりました」を選ぶあたりにぐっと来ました。 スタジオサイドのシュガー・ベイブやキャンディーズのカバーとか、諸々良かったんですけど、やっぱ弾き語りサイドの録音シチュエーションって良いなって。歌の中に普通に流れてきて演出をしてくる外部のノイズ。いつも家の中で食べてるご飯を、気分を変えて外で食べて、食べてるものはいつもと比較的同じなのに、いや、むしろずっと質素なものなのに、なんでこんなにおいしい!?みたいな。そんな感じがするような。 最近聴いてたのが、スタジオで時間をかけて生成されたような、こっちも少し集中しながら聴いてないといけないような音楽が多かったせいか、この回りの環境を生かした簡易方式の録音と、彼女の歌声とウクレレによって程よく肩の力が抜ける感じ、そして楽曲自体が持つ温かさが、自分でも驚くくらいとても、自分の中で絶大な効能を発揮していて・・・・・・まぁ、相手が吉田拓郎とかですからね(笑)。すごい、これは響くなぁって。良いなぁって。アリだなぁって。なんかジャケットが、中身のイメージとずいぶん違うので、普通に驚きました。 もうすぐ彼女のオリジナルの新譜が出るらしいですが、今度のアルバムは12曲入りで、「カレンダーアルバム」になっているんだそうです。つまり、4月の曲、5月の曲、6月の曲・・・という風に、12のトラックで1年を歌うという形だそうで。しかも、1曲につき1人のプロデューサーを呼ぶという感じで、セルフプロデュース含む、12人のプロデューサーを使ってアルバムを作ったんだそうです。小西康陽氏やジェイムス・イハも関わっているそうです。こういう企画ってなんだかワクワクしてしまいますね。 *レンタル屋行った、イコール、映画も借りまして、韓国の大ヒット作「猟奇的な彼女」の続編ともなる作品「僕の彼女を紹介します」をやっと観ました。先に感想を言ってしまえば、「脚本が悪い」の一言。よく続編もの、シリーズ2作目は凡作に終わるという、ある種の定説が聞かれますが、これはまた見事に、なんのひねりもなく、その説に乗っかったって感じですかね?この映画、前作と同じヒロインで、役どころは違うものの、全く同じキャラクター、そのボーイフレンドの俳優さんも、役者は違うけど、全く同じキャラクターという、ヒットした前作に対して、無謀にも(?)全くそのままの設定で、正面衝突で挑んでる映画なんですよね。勇気あるなぁと。 そうなったら、どうするかっていったら、ほんとに脚本で勝負するしかなくなるわけですよね。音楽アルバムもそう。ヒット作で、どんな音楽か、どんな癖を持つのか、どんな音を出すのか、認知され、そのイメージを持たれたら、やってる人間も作ってる人間も同じだし、次はほんとに、そのヒット作以上に楽曲やアルバム構成で勝負するしかなくなるわけで。プレッシャーもかなりきついはず。映画で言ったら、きっと脚本次第っていう話になると思うんだけど・・・ここまで真正面で、いいのか?みたいな。 (ネタバレ入ります。)「僕が死んだら・・・」みたいな「死」を意識した発言が飛び出すようになって、すぐに、ああ、これは、終盤あたりに、このボーイフレンドが死ぬか、瀕死になって、2人の関係はどうするか、みたいな話になるのかなぁって感じで、観てる誰もがそう思いそうな感じで、結構そのままそうなりますよね?ただ、意外だったのは、その彼氏は、映画の中盤で早速撃たれて死んじゃう・・・早!って思いました。 そこから、案の定、映画の色ががらっと変わってしまうんですよね、あのボケツッコミの2つのキャラクターがいて、成り立つはずだった話が、そのうちの1つを話の中盤でいきなり消しちゃうから、威力半減。そこからは場面が、何もしゃべらない「死んだ者」と、泣きながらひたすらその影を追う「残された者」というかなり切ない形になるんだけど、それでどうなっていくのか、と思いきや、なんだかいきなりわーっとファンタジーのようなテイストが入ってきて、そのままきれいにまとめられて、オチちゃう。こういう風にいっちゃうのはどうもねぇ・・・。紙飛行機の紙を広げて、風車に変えるのは良いシーンだったんですけどねぇ。さらに、風車をたくさん飾ってたのも綺麗で、すごく好きな絵ではあったんですけど、せめてそこまでにしておけば良かったな、と。 前作だって、韓国恋愛ものお得意のあり得なさが結構織り込まれてたと思うんだけど、今回ほどやられてしまうと、逆に「えげつない」という印象しか持てなかったです。しかも期待してたから、余計がっかり、みたいな。 確かに、「彼氏を死なせてしまった」ことの悲壮感や切なさで、こちらもかなり心痛む部分もあったんだけど、やっぱそのボーイフレンドを少し早すぎる段階で死なせてしまったのが良くなかったかな。そのせいで、前作のボーイフレンドくんに比べ、明らかに思い入れと印象が薄くなってるし、余計、後半もそこまでのめりこんでいけなかったし。 主演の女の子は相変わらずとてもかわいかった。普通に目でその動きを追ってしまいます。すらっと伸びた背に、とても印象的な長い黒髪。これで世の男性方はイチコロです。驚くほど単純です。(笑) *もう1本。「スーパーサイズ・ミー」というドキュメンタリー映画。どういう話かというと、1ヶ月間、1日3食、マクドナルドをずっと食べ続けてどうなるか、という実験をやる男の話です。ちなみにその男はマイケル・ムーアではないのであしからず(笑)。日本のリアリティショーばりに滑稽で面白い感じになってるかな?って期待してたんですけど、意外にもその予想に反して、今のアメリカにおけるファーストフードに対する現状や専門家たちの意見も多数交えた、結構真面目なドキュメンタリーでした。 それらに挟まれて流れる実験の方は、別に映画を観なくてもわかる当然の結果でしたが、こういうことを映画にしてまでやんないと伝わらないのかなぁ、と普通に思いますね。日本においても、「食育」というのは問題になっていて、単純に「マクドナルド」を「コンビニ」などに置き換えて、話を進めると、まぁ、通じる部分もあるのかなぁ、と思うんですけど、いずれにしても、さすがアメリカ。普通にすごい食べてます。普段から、あのサイズを頼んで食べてるのかと思うと、みんなフードファイターのように思えてきました。(笑) この映画では、「マクドナルド」を槍玉に挙げて、「ハイカロリー」「バカみたいに食わされる偏食の巣窟」の代名詞として、とりあえず徹底的に攻めあげていますが、事の本質はそういうことでなくて、人間、お腹が空いた時、エネルギーの補給が必要になった時、本来食事を取る時間の時、周りに食べ物が数多く存在する飽食の環境下で、何を、どのくらい、自分に栄養として取り入れるか、という、単純にそれら食べ物に対しての、量、質ともに「選択能力」の話だと思うんですよね。 毎日、昼間、手を変え、品を変え、「あれが体に良い」、「これが体に良い」と、みのさんが宣伝しまくって、世の奥様方は即日スーパーにそれを買いに走り、その宣伝したものの売り上げがその日激増するそうです。 これなんかはエンターテイメントによる一種のマジックみたいなもので、よくよく冷静に考えると、そもそも食べ物というものは人間にとって必要な栄養が取れるからこそ、間違いなく「食べ物」として存在するわけで、そうであるならば、食べ物で「取って良いもの、取って悪いもの」などはそもそも存在しない、と考えるのが普通です。そして、極論を言ってしまえば、ぶっちゃけマクドナルドだって、必ずしも「取ってはいけないもの」という風には言い切れないのではないか?っていう仮説すら立てられてしまいます。 厄介なのは、「食」も人間に最も大きく占められる欲の1つであり、所詮人間の煩悩の形で決められ、その質も量もそれによって大きく左右されてしまうということ。趣味や好み、その場の気分があって、どうしてもそこに大きくも小さくも偏りを見せてしまう。そして、そこに固執したり、こだわりを見せたりするようになってしまうわけで。これが音楽を聴くこととかだったら薬にもなったりするんだけど(笑)、「食」の場合は毒になってしまうことが多々あります。 ならば、どうしたらこういうマクドナルド中毒の人たちに、そういう「毒」から避けることができるのか。どうしたらそんな煩悩や外部からの洗脳と正しく向き合えるのか。どうやって自分の身は自分で守れるのか。「マクドナルドは我々食生活の脅威だ!」をひたすら声高に終始映画の中で叫び続けるより、そういったことを訴えていくドキュメンタリーの方が、僕らにはより「健康的に」映るでしょう。・・・じゃなかったら、この映画には、超徹底的にバラエティに徹してほしかった。 ま、我々日本人には、みのさんの番組があるから、いっか。(笑) |
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幾重にも重なり響いて繋がりを見せていく壮大な音の旅。
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- 2005/11/08(Tue) -
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![]() And The Glass handed Kites – Mew(日本版) 「いくらでも後で抗議は受けるから、これを読んだらすぐCD屋にこれを買いに走れ!」と完全に冷静さを失っていた前作の感想(苦笑)。「1枚目で何これ!?」みたいな。次が全く想像できない、デビューにして完全なる完成品みたいなアルバムを作ってきた彼ら。圧倒的な独自の音世界を繰り広げ、デビュー作にして「傑作!」の声が多く上がったデンマークからの4人組ロックバンド、ミューの2年半ぶりの2枚目の新作。「音楽は旅」と豪語する彼らの次なる旅の始まりです。 デビュー作「Frengers」(「Friends」と「Strangers」を組み合わせた造語。)をリリースした後、2003年の1年をかけて、北欧やUKを中心にライブ展開し、日本にもサマーソニックや単独公演で来日。 2004年に入ってから、この2枚目の作品に取り掛かり始めたそうで、プロデューサーに選んだのは、なんと、サウンドガーデンやコーン、マリリン・マンソンなどのへヴィロックバンドのプロデュースで知られるマイケル・ベイホーン。ロスにあるマイケルのスタジオで、5ヶ月もレコーディングを費やし、その後のミックス作業に取り掛かるも、なかなか満足するものに仕上がらかったらしく、ついに出来上がったと思ったら、さらにまた曲を1曲書いて、レコーディングしてアルバムに加える始末(笑)。一年以上もかけて、ついに今年の春に完成、この秋にやっとリリースされた。 僕は前作の感想の時に、暢気にも次のプロデューサーはデヴィッド・フリッドマンが良いなぁ・・・などと書いていたのですが、選ばれたプロデューサーはマイケル・ベイホーン。バンドの音楽のイメージとマイケルのキャリアから想像する音楽のイメージとの違いが大きかったので、とても不思議な感じがしました。しかも、ゲストボーカリストに、今、再結成ダイナソーJr.で好評を得ているJ・マスシスを呼んでいます。お得意の轟音ギターじゃなくて、あのヨレヨレボーカルでの参加なのか、と(笑)。 今回の彼らの作品で、まず興味深かったのは、意外にも、そんなに前作の作風やそこにあった独特な雰囲気を次作品にそれほど引っ張り込まず、むしろそこから脱却しようとする意思が随分強く見られるとこでしたね。童話のような世界も前作ほどではないし、象徴的なシューゲイザー的なサウンドも随分薄れていました。そりゃ、デヴィッド・フリッドマンを選ばないわけだ(笑)。 そして、通常の独立した曲を並べるという形を取らず、全ての曲を繋ぎ並べ、作品全部を1曲として見なすという作風。だから、作品への捉え方も、前者と後者とでは大きく変わります。前者だった前作とは違う次元で、今回勝負しようという志がそこでも強く見受けられます。 こうした作風の場合、曲単位だけではなくなるので、作品中の流れや起伏が最重要課題になります。そして、何十分もの曲のモチベーションを維持、またリスナーはその神経を集中させなければならないので、総じて作品は難解になるという傾向ですが、作る側にはとてもチャレンジでやり甲斐もあるだろうし、聴き手にとってはある意味聴き甲斐のある作品になる可能性もあるわけです。それで、難しいだけでつまんない、となると、失敗作の烙印を押されてしまうわけですが(苦笑)。 このアルバムで、個人的に特に印象的だったのは、前半部の流れだったんですよね。アルバム導入部となる1曲目で、いきなりアルバムを上げていこうとする仕種があって、2曲目で爆発か?と期待させておいて、結構そのままさらーっと流れていってしまうでしょ?ほんとだったら、定石通りに爆発、そこでガッツポーズなはずなんですよ。「Am I Wry? No」のような。僕らは前作でそういう「いきなりさ」に耳慣れていますので、少しある種の肩透かしのようなものを食らってしまう。あの2曲目が爆発してたら、このアルバムももっと断然にわかりやすかったんだろうけどなぁ。でも、あえてそういう風にしたのはアルバムを聴き込ませたかった意図が見え隠れしているような気がする。 バトンを渡された3曲目もそのままゆったり、わかりやすい歌メロととともに重厚な感じでそのまま流れていき、4曲目に入ったら、突然静けさと暗闇に包まれてしまう。 期待してたアルバムのヤマは5曲目〜7曲目に訪れます。4曲目の暗闇に包まれた後、その暗闇を振り切るかのように疾走し始める5曲目。なぜこの曲のプロモビデオがああいう絵なのか、このアルバムの流れだとよくわかる。そしてなぜこのアルバムの最初のリーダートラックになったのか。そして、それ以降に続く、ミューお得意の変幻自在のドラムパターンとめくるめく曲展開。このためにアルバム冒頭から聴き始めたようなもの。最初から5曲目冒頭までそれほど距離や冗長さを感じたわけではないのが功を奏してる。3曲目が良い曲で、少し盛り上がっていて、Jマスシスが意外に結構しっかり歌ってたしね。(笑) こう、最初からアルバム中盤までじっくり入っていけるような構成にしたのはとても良かったです。間違いなく、このアルバムはじっくり座って味わうようなアルバムで、そういう風に意図的に仕向けているのが、頭使ってるなぁと。この一連の流れを味わった後、間違いなくこの2作目も良い作品だという実感が沸きました。 そうすれば、もうしめたもの。後は彼らのペースにずぶずぶハマって行きます。彼らはインタビューで、「わかってくれるかなぁ。」と心配していましたが、このアルバム構成はとてもうまく機能していると思いますよ。 後半は、さらに音響サウンドを生かした、とても大仰で厳かな感じで進んでいき、また新たなバンドの一面を見せてくれています。あまりかいつまんで聴くようなタイプの曲群ではないと思いますが、頭からじっくり聴いている人にはとても印象的に映ると思います。最後の14曲目も、前作のラストに負けないくらい、かなり劇的にアルバムのラストを彩っていくので、かなり良いです。 無駄に発音が良いと評判の(笑)日本語で歌うボーナストラックですが、まぁ、ああ、そういうもんかって感じで、1、2回聴いたら、僕は満足かな、と。日本人としてとても嬉しいことですが、ガイジンが日本語で話す、歌うっていうのはそれほど特別興味があるわけでもないので、あってもなくても良かった。ファンサービスで付いたものだから、楽しんで聴けたらそれでいいと思います。きっと必死に練習してくれたんでしょうね。ライブでもきっとがんばってくれるでしょう。(笑) また、賛否両論のジャケなんですが、僕も聴く前はそんなにセンスの良さを感じなかったのですが、アルバムを聴いたら、納得。むしろこのアルバムで、前作のようなジャケではあまりに違和感が出てしまう。今回のアルバムって、前作以上に強烈ですよ。何が強烈っていうかというと、美しいサウンドの裏側に見える大きな恐怖感や不安です。不気味ったら、ないくらい。怖すぎです。聴いてて、音に食われてしまうような感覚があって、まさにジャケような。僕は、これは見事中身を再現したなぁ、と思います。 アルバムを聴いてて、とても興味深かったのは、ミューズやヴェルヴェット・ティーンなんかもそうなんですけど、ああいう風に至高の(至宝の?/笑)音楽を目指していくようになると、妙に音楽が宗教がかっていくんですよね。これは、なぜなのか鮮明にはわからないんだけど、今回のミューのアルバムはその感じをまた妙に意識させられました。音楽が俗っぽいものからそうでなくなった時、そういう風に変わっていくのかな、なんて。数ある変化の中の1つだとはわかっているけども。 |
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もうこんな季節ですか。
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- 2005/11/05(Sat) -
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![]() うちの最寄り駅のうちの1つ、駅前の風景です。(うち、最寄り駅が3つか4つくらいあるのよ。/笑) あまりに思いっきり視界に入ってきたので、写真を撮りました。 突然ですが、白石さんという方をご存知ですか? その方、大学の生協で働いている、ごく普通の一職員さんです。 そういうごく普通の方が本を出すことになりました。 この方の話は以前から話題になっていて、ついに本になってしまうとは!という感じなのですが、 どうして話題になって、本になったか、理由はこれです。 大学の生協に設置されている「ひとことカード」という質問カードに、学生たちの声を聞き、その要望に答えるという類のもの。例えば、どこどこの雑誌をうちの生協にも入荷してください!とか、基本的にはそういう類のものなのですが、どうも最近の学生さんはそれだけでは飽き足らないようです。(苦笑) とても普通の職員さんでは答えないような質問を、この白石さんはどれも邪険に扱わず、深い愛情を持って、丁寧に答えてくれます。 「単位ください。」 ・・・ありがちですね。(笑) 「はがねの剣 100本」 「仙豆がほしい」 ・・・バカですね、学生って。ヒマですね、学生って。(笑) そういう質問にも真面目に答えるのですよ、この白石さんって方は。 「ロックの三大要素を教えてください。(200字以内)」 おお!これは是非とも個人的にもお尋ねしたい! 「焼酎・梅酒・ウィスキー。200字も使わず失礼いたしました。(白石)」 ・・・笑点かなんかに出たほうがいいっていうね? 熱烈なファンがこのユーモアのセンスの利いた名回答の数々をブログにして載せてくれています。 ブログの書き方も上手いので、ブックマーク必死です。 真面目で大人な白石さんの話とは少し違ってきてしまうかもしれませんが、人の持ち味として、やはり「ユーモアのセンス」ってすごく大事だなーって思います。決して「いつもふざけている」という意味ではない、「ユーモアのセンス」を持ってる人ってやっぱり好かれると思うし、良いコミュニケーションを得る上での最も重要なものの1つですよね。最強の武器です。それが良い人間関係を生み出すことも多いわけで。全く無視できないし、なるべく忘れたくない感覚です。 外国に行ってた時なんかはやっぱ、言葉のやり取りの中で、ユーモアのセンスを問われる瞬間が非常に多くて、ある意味では大変でしたけど(苦笑)、逆にそれですごく良い教訓を得たっていうか、そういうのをなるべくいつも肝に銘じるようになりました。 関西の人なんかは、そういうのはやっぱ慣れてるんですかね?話にオチがないのは最悪、とか、話には必ずボケとツッコミ!みたいな話は聞きますけどね?(笑) 白石さんをすごいと思うのは、どんなふざけた質問にも、大人としての態度を取りながら必ず親しみのあるユーモアを持たせ、そして何よりも、一生懸命コミュニケーションを取ろうとしていることですね。その温かさが大きな評価と、本になった理由なんでしょうね。 |
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Miracles are closer than you think!?
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- 2005/11/03(Thu) -
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*最悪な日ってあるものでね、最近買った服が何かに引っかかったせいで破れてしまって駄目になったりね?そんなことってある?みたいな。そんなのは、50年に1回あるかないかのイベントですよ。それがよりによって何で今日なわけ?って話で(苦笑)。で、そういう日に限って、普段いつも持ってるはずの「・・・・あ、CDプレーヤー持ってくるの忘れた!」とか、目の前で電車に行かれてしまったり・・・もう踏んだり蹴ったりです。
もうここまできたら、笑うしかないかもね。あまりに奇跡的な日だから。そんな神様の悪戯を有難く頂戴します、と。ここは我慢強くいかないとね。 *映画の予告編をどこかで観て、いつか観てみたいな、と思うことはよくありますけども、僕はそこですぐ映画館に足を運ぶというわけでも決してなくて、実際観るのは大体後でDVDかなんかで観るわけです。それで、レンタル屋さんに行って、その時に、あれ?自分が観たいのって何だっけ?みたいな痴呆老人のようなセリフを(苦笑)。そんな話、よくありますよね。何となく漠然としたイメージはあるんだけど、タイトルが全然わからない。例えば、スターウォーズだとか、ああいうビッグタイトルとかだと、嫌でもすぐわかるけど、そうでもなければ映画のタイトルなんて、そんなに覚えてられるものではないですもんね。 いきなり映画の話題を出したので、その勢いで、そういう映画のことを今のうちに書いておこうかな、と。 タイトルは「ノエル」。ノエルっていう名前の人が主役の映画かな?と思いきや、「Noel」っていうのは英語でクリスマス、またはそのシーズンのことを指すのだそうで、その名の通り、もろクリスマス映画。当たり前のように流れるジョン・レノンの「ハッピークリスマス」のカバーに、女優スーザン・サランドンの貫禄の画面吸引力(笑)。マンハッタンのような洗練された都会の景色と空気、それにシーズンのデコレーションが良い感じで引き立ってます。間違いなくハートウォームなクリスマス映画なんでしょう。こういうのって、クリスマスというフィルターを通しての妙な安っぽさと無駄にロマンティック、という組み合わせで(笑)、観ていて少し辟易してしまうことも少なくないけど、久々にこういうクリスマスものにどっぷりつかってみたいかも、って感じなので、ただ、今そういう気分なのかな。クリスマス限定だから、後でビデオっていうのは難しそうなのが悩むとこ。来月公開だそうです。まだ日本のオフィシャルサイトができてないみたいなので、予告編は英語版で我慢してね。 最近、これもまた予告編でたまに見かける「エリザベスタウン」にもスーザンさんは例によって母親役で出てるみたいですが、これも切ない感動ものみたいですね。見事な美形のオーランド・ブルームが主演なので、世の女性が映画観て涙しながら、キャーキャー言いそうです(笑)。 会社にクビを言われ、付き合ってた彼女にフラれ、かかってきた電話で父親の死を告げられる。男の子は自分の親父を亡くした時に最も大きくなる、とよく言われますが、たった6日の体験記でどういう風にそんな色々な現実を受け入れていくのか。・・・少し観た感じ、なんか青春映画っぽい感じなのかな。ベタベタっぽい気もするけど。 少なくても、こんな不幸っぷりは僕の最悪な日でも太刀打ちできないので、次の機会までに何か良い対策と心構えを教えてくれるかも。(笑) この映画の監督が、「あの頃ペニー・レインと」のキャメロン・クロウなので、選曲のセンスはすごく良さそうですね。 *WOWOWからも素敵なインターネットラジオ放送が実現。これでもかと英国BBCからのライブ音源を垂れ流してくれています。最近のバンドの音源からレディオヘッドにマニックス、ニルヴァーナ、ジャミロクワイ、オアシス。そして今週から始まったロッククラシックスのコーナーからTレックス。 やっぱ普段なかなか耳にできないこういう昔の音楽の音源をオンラインでいつでも勝手に聴けてしまえるというのは良いですね。音源の内容も、今感じることのできない、昔独特な雰囲気がある。学生時代にラジオを目の前にして、深夜にロックアルバムのカタログ集を開いてロッククラシックス番組を聴き、DJをやってる音楽評論家さんのウンチク話を聞く、そんな役にも立たない勉強していた頃を思い出してしまいます。そうやって自分の好きな音楽のルーツを探していたものです。・・・そういうことを言うと、なんか暗い奴に思われるかもしれませんが(笑)、学生なんて無駄に時間が余ってますから、学校の勉強に興味もなければ、昼間は学校で友達と普通にはしゃいで、家に帰ってきたら、テレビ観る以外はそういうことに時間を割くことになりかねないのです。それ以外思いつくことがない。良い時代でした。(笑) でも、今ならそこら辺も全部インターネットでも出来そう、ということで。今の時代はとても便利な時代で、別にカタログ本を広げたり、雑誌のバックナンバーをひっくり返さなくても、バンド名をインターネットの検索ボックスに入れて、ぽんと押せば、1から10まで答えてくれますから、楽なものです。それで音源までオンラインに乗ってしまえばパーフェクトそのもの。 しかも、ラジオではありがたいことに解説までしてくれてる。Tレックスを一から紹介してくれてる松村雄策氏は、洋楽誌ロッキングオンを72年に創刊させた4人のうちの1人。ビートルズマニアです。そのせいなのか(?)、ファウンテンズ・オブ・ウェインなんかも絶賛してくれてます。アイヴィーのアルバムレヴューでも、「こんなことしてないで、FOWの方をやれ。」みたいな。(苦笑) ロッキングオンの話だと、11月の前2週はTレックス、後2週はキンクス、12月の5回分はビートルズの特集だそうです。改めてビートルズを学んでみるのも良いかもしれませんよ。相手はビートルズマニアですから、ほっといてもガンガン話してくれるはず(笑)。 登録して、完全無料で聴くことが出来ますが、ギャオと違うのは、ライブで向こうからずっと一方的に配信してる感じなので、大体聴くと、番組の途中からで、なかなかスタートから聴くことが出来ません。 それと、ヤフーBBに加入してる方は、MTVの映像が少し観られるようになりました。そんなに対した量ではありませんが、観られます。 |
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*そんな寂しさに包まれてたのですが、意外にその翌日くらいにすぐに救ってくれたのが、レンタル屋さんで借りたつじあやのの
*レンタル屋行った、イコール、映画も借りまして、韓国の大ヒット作「
*もう1本。「

タイトルは「